目的地に近づくにつれて、失礼かもしれないが、男臭くなる。 構成隊員の9割が男性で占められているから、仕方が無いと言えばそうなのだけれど。 しかも、近づくにつれて辺りが汚くなって来ているのも気のせいではない、筈。 ( だからあんまり近付きたくないのよ、十一番隊には・・・ ) 汚さの象徴であるゴ○ブリが大量に増殖し、 十一番隊詰所中を徘徊しているのを想像しては、げぇ〜、と嫌そうな顔をした。 ■カク語リキ 隊長である更木の隊首室を後にし、中庭が見えた辺りでほっと一息を付く。 廊下も部屋もそれほど汚くはなかった。 予想が現実として目の前に叩きつけられたらどうしよう!? と、思っていただけには安堵せずにいられなかった。 ─ 尤も、それほど、であってけして綺麗とは程遠い。 ─ 中庭を望む。 少し荒れた緑樹と芝。 男所帯の十一番隊にしては、比較的手入れされている。 文句を言いながらそれでも、掃除をしている隊員達の姿を思い浮かべ そのギャップには、ふふっ、と微かに笑った。 ふと、緑の色彩の中に浮かぶ強烈なまでの赤が目に入った。 「 阿散井くん? 」 「 あれ?さん、何でここにいるんすか? 」 竹箒を持って現れたのは、真っ赤な髪と刺青が印象的な、阿散井恋次。 「 届け物。それより、それ・・・ 」 「 罰ゲーム実行中 」 既に席官である筈の彼が竹箒を持って掃除をしているのに驚いて聞けば、 余りにも『らしい』返答には苦笑した。 恋次はバツが悪そうに横を向くと、乱暴に頭を掻いた。 「 大変ね〜 」 「 別に掃除はいいんっすけどね。問題は標的にされやすいって事です 」 「 標的? 」 何かを思い出したのか、力一杯脱力して息を吐く恋次には首を傾げた。 標的とは一体何の事だろう? そう思って、そう言えば先程やけに辺りを警戒していた事を思い出す。 「 何?悪い事でもしたの? 」 「 そんなこ、・・・ 」 「 標的発見〜〜! 」 恋次の反論の言葉を遮って、可愛らしい声が辺りに響く。 瞬間、恋次は顔を引き攣らせながらも素晴らしい速さで『何か』を避けた。 背後で水音が鳴るのを聞きながら、恋次は声のした方を睨む。 そこにいたのは自身より随分と小さい少女。 少女は心底楽しそうな笑顔を浮かべ、利き手に持ったモノを恋次へと向ける。 「 避けちゃダメだよ〜 」 「 普通避けるでしょっ!つーか、止めてください副隊長!! 」 副隊長と呼ばれた少女・やちるに恋次は必死に止めるよう訴えるが やちるはどこ吹く風の如く、無邪気に笑うだけ。 きらり、と太陽の光に反射して輝くモノとやちるの瞳。 恋次の背中に冷たいものが伝う。 「 ・・・ちょっと、コレ、どう言う事・・・・── 」 一切の感情を押し殺した声。 第三者の声にやちると恋次の2人は、その時初めて互いから目線を移した。 「 あ!・・・・、さん・・・ 」 上半身を真っ赤に染めたが立っている。 一見頭から血を流しているようにも見え、ホラー以外の何ものでもない。 そんなを一瞥して2人は顔を見合わせる。 困惑と恐怖の入り混じった恋次にやちるはにっこりと笑って、トドメを刺す。 「 逃げるが勝ちー! 」 「 卑怯者〜〜っ!! 」 身軽さを利用して屋根に上ると一目散で逃げていく。 そんなやちるを恋次は大声で罵るが、既に姿は見えない。 ぽん、と肩に手が掛けられる。 恐る恐る振り返れば、真っ赤に染まった綺麗な顔が微笑む。 綺麗なだけ余計怖い。 「 これは一体何事? 」 「 す、すいませんっ!! 」 自分には全く非はないのだが、 条件反射で謝ってしまったのは仕方が無い事・・・だと思いたい。 恋次の必死の謝罪と説明には心底脱力した。 曰く、 『 訓練を兼ねた、副隊長だけが楽しい遊び 』 らしい。 場所を十一番隊詰所内に限定し、銃を持った副隊長からひたすら逃げ切ると言うもの。 尤も、銃は銃でも、鉛玉が入った物騒なものではなく液体が入った子供のおもちゃだが。 「 それは分かったんだけど・・・なんで、水じゃなくて、血糊なの? 」 「 撃たれたのが判り易いって言う理由らしいです・・・ 」 溜息しか出てこない。 は滴る水、もとい、血糊を拭いながらどうしたものかと考える。 こんな格好で詰所まで戻ったらそれこそ大騒ぎになり兼ねない。 「 阿散井くん、タオルか何か貸してくれない? 」 取敢えず、顔に付いたのだけはどうにかしようと聞いてみる。 快く貸してくれるだろうと思っていたの考えとは裏腹に、恋次はぶるぶると首を振った。 「 タオルじゃ駄目です!風呂に入ってください 」 「 は?イヤ、帰ってから入るから今は取敢えずタオルで・・・ 」 「 タオルじゃ落ちませんよ!その血糊阿近さんの特製で拭いただけじゃ落ちないんです!! 」 「 ・・・何、それ 」 「 一角さんが5日前やられて、落とさずに副隊長追っかけたんすけど、 未だに残ってますよ。後頭部に赤い染みの跡が 」 5日経っても落ちない頑固な血糊。 そして、それを作った阿近。 色々突っ込み所満載なのだが、目眩と頭痛のお蔭でそれは未遂に終わる。 ずきずきと痛む頭を押さえながらは呟いた。 「 ごめん、お風呂貸してください 」 と。 * * * 「 歩きづらい 」 死覇装をずるずると引き摺りながらは十番隊詰所へと向かっていた。 あの後、十一番隊で風呂に入り体に付いた血糊を落とした。 恋次の言った通り、阿近の作った血糊は中々落ちず どうにか落ちた時にはの指先はふやけて皺が出来たほどだった。 の死覇装は洗っても無理だろうと処分され、その代りと恋次が自分の替えを貸してくれた。 それは良いのだが、何分身長差がある為現在は完全に衣装に着られている。 捲っても捲っても落ちてくる袖と格闘しつつ、裾を何度も踏んでは地面に激突しそうになり 四苦八苦して詰所に戻った頃には、既に体力の半分以上を失っていた。 「 只今戻りました〜 」 「 おかえり、遅かったわ・・・、その格好なに? 」 いつものように出迎えた乱菊はぎょっとした。 その乱菊の様子には乾いた笑いを浮かべる。 「 イヤ、十一番隊でエライ目に合いまして 」 「 何それ?って、やだ!髪も濡れてるじゃない! 」 「 ?帰ったのか 」 「 あ、隊長。只今戻りました 」 目敏くも髪が濡れているのを発見すると乱菊は凄い勢いで迫ってくる。 そこへ偶々通りかかった日番谷が声を掛けた。 コレ幸いと、乱菊の言葉を半ば無視しては日番谷に挨拶をする。 詰め寄ってくる乱菊のしつこさは充分過ぎるほど知っていたから。 「 お前・・・その格好はどうした? 」 「 汚しちゃって、阿散井くんのを借りたんです 」 訝しむ日番谷には(かなり)簡略して説明する。 その説明に日番谷は眉を顰めると濡れた髪を一瞥してさらに皺を深くした。 尤も、落ちてきた袖を捲っていたには気が付けなかったけれど。 「 報告書、さっさと提出しろよ 」 返事も待たず、それだけ告げると日番谷は部屋を出て行く。 声を掛けようとしたが、ピシャリ、と閉められた襖に遮られそれは叶わなかった。 部屋に残ったのは茫然とした顔のと、呆れ顔の乱菊の2人。 「 え〜と・・・私、何かしました? 」 辛うじて日番谷の機嫌が悪くなった事を察しはしたが、 何故悪くなったのか分からず乱菊に窺う。 「 したわね 」 「 ええっ!? 」 「 ・・・と言うか、本当に分からないの? 」 あっさりと言い放つ乱菊には大声を上げて驚いた。 普段察しの良いだが、自分の事となると、とことん鈍くなる。 今回も同様のようで乱菊は心の底から呆れるしかなかった。 ( 自分の彼女が不可抗力とは言えど、他の男の服着てたら不機嫌にもなるわよ ) 男女間ではほぼ常識的な事がにはさっぱり分からなかったらしい。 「 良いから、隊長の所に行きなさい 」 疲れたように溜息を付くと、乱菊は執務室に行くよう促す。 半ば追い出すような形で。 放り出されたは襖の向こうにいるであろう乱菊をただじっと見詰め、 やがてどうやっても中に入れてくれないと判断すると日番谷のいる執務室へと歩き出した。 の気配が消えた頃合を見計らって襖が静かに開かれ乱菊が顔を出す。 その表情は母親が子を心配するような表情でありながら、 どこか楽しんでいる風にも見受けられた。 執務室の前。 声を掛けて中に入ろうとした瞬間、動きが止まった。 ここに来るまで大して何も思っていなかったのに、 いざこうして来てみれば何故か躊躇ってしまって立ち往生をしている。 声を出そうとしても呑み込んでしまう。 襖を開けようとしても手が震えて言う事を聞かない。 ( 怖いんだ ) 日番谷と顔を合わせて鋭い眼光を浴びるのが。 冷たい言葉を浴びるのが。 機嫌が悪くなった原因が自分にあるから余計に。 ─ 悪い事をしたつもりは無いけれど。 ─ 日番谷から責められるのは酷く辛く恐怖に値する。 もし・・・、もしも、自分にとって最悪な言葉を言われたら考えただけでも目の前が真っ暗になる。 は頭をおもいきり振って思考を切り替える。 ともすれば、最悪な状況になるかもしれないと言う考えを捨てる為に。 深呼吸をして眼前の襖を睨む。 「 です。日番谷隊長はおられますか? 」 「 入れ 」 いつものような柔らかさがなく、冷たい声が響く。 それがの胸に知らず刺さった。 「 ・・・何だ? 」 日番谷はいつものように書類を処理していた。 ただ違うのは、の顔を見ようとしない事。 も日番谷のその様子に言おうとしていた言葉を発せずにいた。 口は動けど声を紡がずただ空気だけを送る。 次第に胸が苦しくなり、開いた口が震えだした。 視界が微かに歪んだ瞬間、自分は泣きそうになっているのだと自覚する。 止めようと思ってもそれは叶わず、俯いて声を殺すだけで精一杯だった。 泣きたい訳ではない。 なのに涙は止めどなく溢れて零れる。 「 ? 」 いつもなら用件を言ってサッサと仕事に戻る筈のがいつまで経っても何も言わない。 日番谷自身機嫌が悪かった為顔も上げなかったが、 流石に不思議に思ってを見れば、俯いて声を殺し泣いている。 ぎょっとして机から身をのり出した。 「 !? 」 「 ごめんなさい 」 声を出せば、我慢できなくなったのか小さく嗚咽を繰り返す。 俯いたままの。 日番谷の手がの頬に触れた。 「 ごめ、んなさい・・・謝るから、だから・・・、お願いだから、嫌わないで 」 日番谷の手によって俯いた顔は上げられた。 普段のきりりとした雰囲気はなく、涙で顔を濡らし苦しげな、悲しげな表情が浮かんでいる。 深く考えもせず取った行動がこんなにもを苦しめている。 軽率な自分自身に腹を立て、呪った。 「 違う。悪いのは俺だ 」 「 ・・・・・ 」 「 俺が勝手に妬いて、勝手に不機嫌になっただけだ。は悪くない 」 「 ほ、んとう・・・? 」 「 ああ。だからが謝る事はないし、嫌いになる事も絶対にない 」 信じろ、と言葉を告げる代わりに抱きしめる。 強く、深く。 安堵したのかゆっくりと小さくなっていくの嗚咽。 その様子に日番谷も胸を撫で下ろした。 「 冬獅郎・・・・ 」 「 どうした? 」 「 さっきのどう言う意味? 」 抱きしめられたままの状態で目線だけを向けて聞いてくるに日番谷は固まった。 本当に分かっていないのか、涙を湛えたまま首を傾げている。 先程は勢いとを安心させたが為にすんなりと出て来た言葉だが、 もう一度冷静になって意味を教えてくれと乞われても、酷く困る。 「 分かってて俺の所に来たんじゃないのか? 」 「 機嫌を悪くしたのは分かったけど、原因は良く分からなかった 」 ふるふると首を振るに日番谷は心の中で盛大に溜息をついた。 何故にこうまで鈍いのか、ほとほと感心してしまう。 恋人同士になれたのも奇跡に近いかもしれない。 視線を泳がせて、ちらりとの表情を覗けば強請るような表情。 気恥ずかしさが日番谷を襲う。 だが、変な所で頑固なが簡単に引き下がる筈が無い。 それに泣かせてしまったと言う負い目もある。 「 が他の男の服を着てるのが気に入らなかった。 」 「 何で? 」 「 好きな女から他の男の臭いがしたら不機嫌にもなる 」 「 ねぇ・・・それって妬きもち? 」 「 さっきからそう言ってるだろーが! 」 一気に捲くし立てて、仕舞いには真っ赤になってがなる。 はきょとんとした表情の後、日番谷に胸に顔を埋めた。 また泣き出したのかと思い、内心慌てふためく日番谷を余所には尚も強く抱きつく。 「 お、おい。? 」 「 ・・・しい 」 「 ? 」 「 冬獅郎が妬きもち妬いてくれたのが嬉しい 」 そう言ったの表情はどこまでも嬉しそうで、日番谷は閉口しやがて溜息をついた。 告げるつもりはなかったのに言ってしまい恥ずかしくて仕方が無いが、 が嬉しそうに笑っているので、まぁ良いかと訳もなく思う。 それに普段なら絶対に自分から抱きついては来ないのだから。 偶には、と。 尤も、泣かせるつもりは更々無いが。 「 、暫く各隊詰所に行くの禁止 」 「 え? 」 「 あと、髪乾かないまま外に出るのも禁止 」 「 何で? 」 「 隊長命令 」 「 ・・・了解 」 風呂上りのの姿なんて、勿体無くて他の男なんかに見せられるか! END
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2005.6.1 「箱庭」 矢野彰様