この日の夜、瀞霊廷に一際賑わう店が有った
いつもの顔ぶれに、加えて
夜の居酒屋には似合わない二人を交え

暗い夜の空とは正反対の
明るい声が、賑やかに店内へ響いて居た



「浮竹隊長〜!今日はのおごりなんだから、そんな顔してないで
死ぬほど飲みましょう!」


酔った勢いで、思い切り背中を叩く乱菊を、軽く無視して

机を挟んだ向かえに座るへ、ぼやく
浮竹の声が聴こえて来る



「…何もお前が…隊長を引き受けずとも良かったのに…はぁ…」




乱菊から水だと言われ、一気飲みした焼酎で
あっという間に酔った浮竹を

少し離れて座る京楽が、呆れた様に覗き込む



「浮竹ェ。お前は相変わらず過保護だねぇ…」


「浮竹隊長はを甘やかし過ぎなのよ。ねえ?修兵?」




京楽と意気投合し、楽しそうに酔う乱菊の隣では

タダ飯に釣られ、乱菊に着いて来た事を
半ば後悔しかけている檜佐木修兵が

乱菊から無言で注げと差し出された
空の器へ酒を注ぎながら

自分へとふられた話に相槌を打つ



「ずっと十番隊長の席が、開きっぱなしってのも
やっぱ問題有ったからっスよ」



「ちょっと待ってよ修兵?それってが隊長にならなかったら
私が隊長になれてたんじゃないのぉ?!」



いや、それは無理だろう…と言いたげな
檜佐木に変わって
京楽が助け舟を出した


「おいそれと昇格されりゃ…僕らの立場が無くなるってもんだよなぁ、浮竹?」

「ん?…ああ、それはそうだが……。話があるんだろう?





浮竹はボンヤリしている所へ
突然自分にも話を振られ、少し困った顔をして
言葉を濁した後

ここへ自分達を集めた理由をへ問う



「ええ…」



は、皆の食欲を微笑ましく思い
穏やかに見て居たが、浮竹の言葉に
少しの間を置いて、真剣な瞳に変わると


今日皆を呼んだ理由を静かに告げた




「…明日、隊主試験が有るんです。」




の一言によって
そこに居た者達全ての箸が


一斉に止まる



「隊主試験?!明日??!!」


皆揃って、それまでの酔いが一気に醒めると
揃ってに目を向ける

皆の視線に、一瞬たじろぐだったが
すぐに笑顔に戻って
言葉を続けた



「…ええ。私の時は総隊長と現行の隊長方から
推薦を頂いて、了承を得られたのですが…」


「俺と京楽の二人を呼んだという事は…」



始終酒びたりのせいで、ただ一人
酔いが冷め切らない京楽を、浮竹は横目で確認する



「んー…隊主試験の立合い要請か?
隊長二人と残りの一人が総隊長だっだけ?七緒ちゃ〜ん」



「現行の隊長を一騎打ちで倒すなどの
野蛮な就任以外では、その方法になりますね。」



さりげなく抱きつこうとする京楽に
肘鉄を食らわせながら、監視役に同行した七緒は
いたって冷静に答える



「お願いできますか?浮竹様、京楽様。」




は苦笑いした後、改めて二人へ
隊主試験の立会いを願う




ちゃんの頼みと有っちゃ〜、断る訳に行かないでしょ?」

「せいぜい、ご自分の席を乗っ取られない様お気をつけ下さいね」


「…ありがとうございます。京楽様…」



京楽と七緒のやり取りに
は穏やかに微笑みながら、礼を言うと
浮竹に目を向ける



「…お前が願うなら、俺はもちろん構わんが…
試験を受ける者は、お前の隊を引き次ぐのか?」

「試験に受かれば…そうなります。」




が隊長に就いている事さえ、反対だった浮竹は
少しの間考えると嬉しそうな顔をして

酒を口にした




「そりゃありがたい。誰が受けるか知らんが、
が危険な仕事を辞めるには、丁度いい機会だ」



そんな浮竹の安心が、みごとかき消されるように
から、誰も予想しない言葉が
続けて飛び出した



「それから……わたくしが、試験管を務めます」



「!?!」



一同再び箸が止まり、固まった



「何かおかしいですか?」


本人は不思議そうに、首を傾げている



「ちょ、ちょっとサマ?大丈夫なんスか?!」

、あんた本気で言ってるの?!」

「え、様?!失礼ながら試験管の意味はご存知ですか?!?」


同時に詰め寄られるが、
至って冷静に答えた


「ええ。十番隊隊主試験ですから」



笑顔で答えるの正面に座って
両肩を掴むと
浮竹は再びに問いかける


「ちょっと待て?!試験管は実務試験として
受験者と刀を交えねば成らんのだぞ?!」


酒が入っているからか
肩に乗せられた浮竹の手は熱く力が入り
の小さな肩が、ふらりと揺れた



「ええ。…?」


は普段とは違った浮竹に
少し驚いたが


「…試験管なら俺が代わる!!お前が立ち合い人になれ!!!」


細く長い指の大きな手を、押し返す様に
その話には、言葉を返さずには居られかった



「それでは何のために、今まで十番隊主を務めてきたのか解りません。
責任持って試験管を務め、十番隊の今後を見極めます!」



そう言い切ったを、乱菊は
穏やかに見詰めていた





自分が他の隊に所属したままで有れば

知る事も無く、解りあう事も出来なかったでだろう
おっとりとした普段のとは違う、十番隊長としての凛然たる姿は

乱菊を副隊長の地位に導いた物でも有り
誇りでも有った



隊主試験が行われれば、隊長が変わるかもしれない



副隊長としての今後を左右する
その大きな転機について
同じ副隊長の立場で有る修兵と七緒の二人は
揃って乱菊の顔色を伺ったが


そんな不安は乱菊には無用だった


が見極めるなら何も問題は無い
私はそれに従うまで、と

口には出さずとも心でそう思って
表情を確かめようと顔を覗き込む
副隊長二人のどちらとも、目を合わさぬ様に瞳を閉じて



器に半分残っていた酒を
静かにぐいっと飲み干した





一方浮竹は、あまりに真剣なの眼差しに
すっかり気押されしたのか
力が抜けて、座敷にへたり込んだ


「あぁ…誰か・・・を止めてくれ……」


そんな浮竹が京楽と同じに見えて
呆れた七緒は遠い目をし、溜息を吐く


「浮竹隊長、諦めましょう。様は有る意味
京楽隊長と同じで、言い出されたら梃子でも動きません」




眉をひそめて浮竹を見た檜佐木も
七緒と同じく、溜息混じりに乱菊に話しかける



「乱菊さん…どちらにせよ浮竹隊長も、前途多難ぽいっスね…」


「まあでもねぇ…試験はともかく実技試験で
が負ける所なんて想像出来無いから大丈夫よ。
さぁ、さぁ!修兵!タダなんだから、もっと飲みなさい!!」


自分の隊の事なのに大丈夫か?!この人は…と
七緒とは、また違った溜息を吐き出しながら

檜佐木は乱菊の酒に付き合った



「はぁあ〜よかったぁ〜十番隊主試験か…
七緒ちゃ〜ん、ぼく隊長やめさせられるかと思っちゃったよ」


「…京楽隊長は一度、辞められた方が宜しいかと思いますが?」



京楽と七緒の可笑しなやり取りが続く中
浮竹の憂鬱は簡単に終わらない



「はぁー・・・。お前はいつまでも俺を困らせる…」



「浮竹隊長!項垂れてもどうにもならないわよって!
さぁっ飲みなさい!!」


乱菊は、一人暗雲を背負う浮竹の背中を
思い切り叩くと自棄酒を勧めるが


その直後


背中の後ろに何かを感じ
酒の入った器を片手に、ゆっくりと振り返る




「やぁ〜みなさん楽しそうやなぁ?僕も混ぜて下さい」



乱菊の振り返った視線の先で
店舗入り口に有る暖簾から

銀色の髪が、腰を屈めてこちらを覗く姿があった


それをぼんやり見つめた乱菊の眉間に
徐々に皺がよって行く




「…ギン!……あんたのその……
偉そうな隊長羽織がムカつくのよ!!
!あんたは隊長辞めなくていいから、三番隊の隊主試験に変更ー!」


そう言って、市丸の羽織を引っ張りに掛かった乱菊を
は慌てて止めに入った



「うわっ!なんや?乱菊、お前出来上がっとるん?!」


「乱菊、お店の方にご迷惑が……!」


乱菊の袖を掴んだ
はっとして動きが止まる



表情は変えずに、言葉だけで驚く市丸の後ろから

眼鏡越しの穏やかな瞳が、店内を覗く


それは何度顔を合わしても
馴れ合う事が出来無い
がただ一人苦手な人物だ



どうにか笑顔を作る
その感情を誰にも悟られぬよう
開かれたままの店の扉の外へと

静かに視線を変えた



「浮竹君、ちょっと姫様を借りて行くがいいかい?」


「藍染!丁度いい所に来てくれた。を説得してやってくれ!」



乱菊により、店内に引きずり込まれる市丸を
あまり気に留める様子も無く

縋る様にを託す浮竹に


藍染は穏やかに笑って答える



「はは、君がそうなってる頃だと思ってね」



自分を心配するが故に、藍染へと希望を託す
浮竹の気持ちを考えれば
これ以上いらぬ心配を、与える訳には行かない

そう思うと
またすぐに浮竹へと微笑みを返すと

酔っ払いの集団に、軽く手を振って
藍染と共に店を出た










少し肌寒い風が通る

明かりの消えた店が並ぶ道を
藍染はを案内する様に
少し前をゆっくりと歩く



いつからだったろうか
は藍染が苦手だった


誰もが慕う心穏やかな五番隊隊長 

藍染惣右介


皆に優しく、それで居て強く
死神なら、誰もがあこがれる存在



藍染はを気にかけ

浮竹が私生活において
を気にかけたのと同じ様に

王族特務から隊主を受け持つ間も

その後、昨今に至るまでも
何かと気にかけてくれた



しかし、藍染が傍に近づくと
どうにも言いようの無い、得体の知れぬ感覚が
の霊圧を張り詰めさせてしまう


それが何故なのか、何であるのか

理由はにも解らなかったが
の魂がそれを拒んでいた


浮竹と同じ様で違う、優しさの奥に
何か黒い物が有るような気がして

は、藍染と言葉を交わす事さえ
息が苦しくなった




普段から極めて穏やかに勤める自分の心が
酷く濁って行くようで

藍染と言う、一人の人物を
そんな風に考えてしまう自分が嫌だった



どんなに努力しても、拭えない藍染への違和感を
距離を置き、言葉を交わさぬ事で
は気付かぬ振りをしていた





藍染は、人の気配を感じない通りまで来ると
それまで無言で歩いていた
足音が静かに止まるのを感じて

同じ様に立ち止まり


優しい笑顔をへ向けて、声をかけて来る



「…水臭いじゃないか?姫君が推薦する者なら
僕はいつでも承諾するがね」

「………」


は藍染から目を逸らしたまま
無言で、藍染の言葉を聞き流そうとしたが

次の瞬間、完全に視界から消えた藍染に
はっとする




「愛しい者を誰にも触れさせたくは無い…と言った所かな?」

「!!」




その声は息がかかるほど近く、の耳元で聴こえた



藍染から発せられた、僅かな霊圧の
変化を感じ、藍染が視界から消えた瞬間

は胸元に収めた、自分の斬魂刀を掴もうとした

しかし、意に反して動かぬ右手に視線を落とすと
そこには藍染の掌が重ねられた


顔を上げると目の前に見えるのは
夜の町並みではなく
月明かりの影により灰色に見える
隊長羽織の襟元だった



は藍染の腕を振り解いて
数歩後ろへ飛び

霊圧を高めながら、警戒の視線を送る




「相変わらず嫌われているね。…何もそんなに警戒する事は無い。」


「………」



藍染は少し困った顔をして、再び微笑み返している



それに何も言葉を返さなかったのは

藍染の触れた自分の右手の甲が
じわりじわりと毒に
犯されて行くような錯覚がして

重ねた左手に入る力に
気を取られたせいだったのだろうか




「ただ…是非、僕の隊に欲しかった姫君に
……少しばかり助言をしに、来ただけさ」


普段と何も変わらない藍染に対して

はまるで
敵を見るような視線を向けて、言葉を返す



「…必要有りませんわ」



そんなに、やれやれと言った様子で
軽く繭に皺を寄せながら

藍染は左手の甲で少しずれた眼鏡を
ゆっくりと上げるしぐさの裏で



右の手は、静で有りながら敏捷に

斬魂刀の柄に手を掛けていた




「愛しい者が危険が伴う道へ、進もうとして居るのならば…
一層のくされに、二度と危険が来ぬよう…すべてを無に還すのも……」


「!」



藍染の変化を心より先に
感じ取ったの体が

藍染の右腕が抜刀する寸陰の差
の胸元に収められた斬魂刀の柄に
再び、手をかけたが

先ほど藍染に触れられた右手は


巌の如く、重く動かない




「………優しさと言う物では無いか?と僕は思うんだがね」


「!!!」



変わらず穏やかな藍染の声に
視線を向け直したが、顔を上げた先で

藍染の斬魂刀が鞘から抜かれ
鏡花水月は解放される



月に雲がかかってしまった闇の中
薄暗い通りに、ぽつんと一つだけ点いた街灯が

刀身を照らし

反射した光は眼鏡の奥に有る
藍染の表情を隠す






(冬獅郎さん……!)





は心の中で冬獅郎の名を
呼ぶと同時に意識を失くして
その場に倒れ込んだ


の胸元から、地面へと落ちた短刀が
硬い磐石にぶつかって

夜の静寂の中に
少しだけ重く高い、金属の音を鳴らす


横たわるへ藍染はゆっくりと近づき
落ちた衝撃でほんの少し
鞘から刀身が覗く、短刀に触れるが

すぐにそこから手を離す


短刀に触れた指先を、暫し無言で見つめると

一人呟いた



「…実に面白い斬魂刀だ。主を護る為
主の意識その物を、自ら眠らせたか…」





短刀に触れた藍染の指先から
微かな白い煙が夜の闇にのぼる

僅かに触れた、その指先だけでは無く
藍染の掌全体が短刀によって

紅蓮に染まるほど、炎に炙られていた



の短刀『凰華』は、藍染の持つ斬魂刀
鏡花水月の解放による完全催眠から

その能力を知らぬを護るように
主の五感を封じ


が意識を閉ざしても尚
触れようとした藍染に牙をむいて


自らの意思で、藍染の指から掌を焼いたのだ



掌を眺める藍染の背後へ
静やかに近づく足音に

予定通りの事だったのか、藍染は気に留める様子も無く

火傷を負った掌を軽く握り
袖の中へと腕を戻す



「明日は楽しんで拝見させて貰うとしよう。……ゆっくりお休み、姫君」



藍染の背後に聴こえた足音は
の前で止まる

通りに横たわるに、そっと触れて
軽く土埃を払いながら
抱き起こして、腕にもたれさせたのは


市丸だった



「藍染隊長。早う、刀収めて下さい?僕まで催眠にかかるわ〜」



市丸は藍染へ視線を向けずに、声をかけると
鏡花水月が鞘へと収められるのを
背中で確認して

いつもと何も変わらない表情で
藍染の方を振り向いた



「姫はどないでした?」



市丸が、しゃがんだまま
肩を抱いた姿勢を変える事無く、見上げた藍染は

滅法機嫌の良さそうな声で
答えを返す


「ようやく彼女の卍解が見れそうだ」

「ああ…。そりゃ楽しそうにもなるわけや」



ほんの少し表情が変わった様に
見える市丸に、藍染は言葉を続ける



「本気出して戦って貰わないと、せっかく長い間頑張って
漸く試験に挑む彼にも悪いだろう?」

「姫とあの子の潰し合いですやん。
何れ障るなら先に芽を摘む訳ですか?相変わらず恐ろしい人やなぁ」


ゆっくりと立ち上がって
を、通りの角にある長椅子へと運ぶと
雑に着物をはたきながら

淡々と話す市丸の後ろで

先程まで穏やかだった藍染の霊圧が
市丸も気付かぬ程、僅かに変化した





「障る?誤謬を正してやろうか、市丸。
…氷が砕け、花が散る。
退屈凌ぎの僅かな座興と言った所だ」





そう言いながら、少しだけ下がって来た眼鏡を
手首で押し上げる藍染は
へぇ、と聞き流す市丸に対して

再びいつもの優しい五番隊長の口調に戻って
言葉を付け加えた



「僕はその為に、高雅な姫君の不安を
ほんの少し煽ってあげただけだが?」


そう言い終わった藍染は
すっかりいつも通りの人物に戻っていた


「おおこわー。僕、姫は嫌いやないから心が痛むわ。
ほんま悪い人やなァ」

眠るの髪にそっと触れ
市丸はその場を後にする






静かに佇む藍染の向こうから
白く長い髪が、ふらふらした足取りに揺れる


「ふぅー…。あいつらの飲んだ暮れには
もう付き合いきれん…」



酔いを醒まそうとしたのか、やはりが心配だったのか
一人店を出た浮竹は
人気の無い通りに、自分以外の気配を感じ
うつむき加減だった顔を上げた



「お、藍染!説得は上手く行ったか?うわっ
そんな所で寝ると風邪をひくぞ?!」


藍染の向こうにが、長椅子に眠るのを見付け
浮竹は慌てて傍へと駆け寄った



「任務から戻ってすぐだろう?彼女は、明日の隊主試験に備えて
すべての霊圧を、睡眠によって回復に入るそうだ」


「藍染の説得も効かなかった訳か。やれやれ…参ったな」



藍染も立ち止まると浮竹へ穏やかに声をかけ
二人に優しい眼差しを送ると
軽く手を振って、背を向け歩き出す




「今日位はせめて、ゆっくり休ませて上げるといい。
十番隊にはいつも世話になっているからね。
……何か有ったら僕が対処するとしよう」


一体どの様な表情で
その言葉を告げ立ち去ったのか

何も知らぬ浮竹には、全く疑う理由など無く



「すまんな、藍染」



眠るを腕に抱いて、穏やかに
五番の紋が入った羽織を見送った









    


ご無沙汰でございます。
ようやく更新できましたが、日番谷君居ない(滝汗)
楽しみにしてて下さった方ごめんなさい。
他よりこれをどうしても最優先にしたかったのは
これでようやく主役不在ノベルが終わりだったから!

長いのに読んでくださって感謝!
次回やっとこさ日番谷君メインです

催眠の煽り立て