二月十四日


この日瀞霊廷は、朝からやけに騒がしい

誰もが皆、どことなくそわそわしていて
落ち着かない様子だ



早朝、冬獅郎を隊舎へと送り出した
冬獅郎の元へ運ぶ昼食を作りに
炊事場へと来たのだが

いつもなら、以外誰も使わない筈の
隊首室にある炊事場は

戦場と化していた




「あら皆さんどうなさったのですか?
お食事なら、わたくしが作りますわ」



事態が飲み込めて居ない
皆に向かって声を掛けると
そこの全員が振り向いた




「何言ってんの?あんたまさか今日が何の日か
知らないわけじゃ無いでしょうね?!」



乱菊の大きな声には驚いて
目をぱちくりさせている



「その顔はなに?!ホントに知らないの?!?
じゃあ、今までなんだと思ってたのよ」



は、必死になって考えて答える



「『ちょこれぇと』が大好きな方の、お誕生日じゃ…」


「ええっ!?そんな訳無いでしょ!!
現世は元より猫も杓子も世の中
『う゛ぁれんたいんでー』一色なのに?!」


「う゛ぁれんたいんでー?
……どなたのお誕生日ですか?」



驚いたのは乱菊だけでは無い

自分の隊で作るのが恥ずかしく
乱菊のススメで、この炊事場を使っていた
七緒と雛森までもが、信じられ無い様子で

思わずに視線を向けた




「……はぁっ。あのねぇ!今日は大好きな人に
女性がちょこれぇとに想いを込めて、愛を告白してする
年にたった一度きりの特別な日なのよ?!」




乱菊の言葉に
稲妻に打たれた様に、がくりと膝を着いた


「年にたった一度きり?……た、大変ですわ
わたくし……知りませんでした」


大きな衝撃を受け、蒼褪める
乱菊が追い討ちを掛ける


「好きな人から貰えない男は…不幸よね……」




その時、雛森と七緒は
の中で何かが壊れる音を
聴いた気がした



「ちょこれえとの作り方教えて下さい!
今まで知らなかった分……
全霊を込めて作りますわ!!!」


急激に高まるの霊圧は
その場に居た他の女性隊員達を
震え上がらせる物だった

恐らく、自分に対する怒りが
の中で抑え切れない
物だったのだろう


その背中には轟音を背負っている

真っ先に回避したのは乱菊だ


「よし、後は七緒に任せたっ!
桃、あんたは梱包用紙の調達よ!」

「あ、ちょっと!!もうっ!!」

この後の炊事場は
更なる戦場と化した













一報、この日の十番隊執務室前には
大小さまざまな包みの数々が

山済みになっていた


それを全て、大きな箱に
押し込むように詰めて
ひたすら伝票を書く第三席に

戻って来た乱菊が声をかける



「それにしても凄い数ねぇ?
全部返しちゃうなんて勿体無いわ」


「……にて返品、と。日番谷隊長!
全てまとめ終りましたが、これで良いですかー?」



「ああ!悪いが来る物全部だ。一つ残らず頼むぞ!」



扉越しに冬獅郎の声が聞こえる

ようやく全ての包みを
「返品」する作業を終えた第三席が
ホッとしたのも束の間

先ほど詰めた大きな箱よりも
さらに大きな箱に、溢れ返った包みの山が

加えて三つ

執務室の前に届けられる



「日番谷十番隊長様宛のお届け物はこちらで?」


「た、隊長ー!!」



これ以上一人で対応しきれないと
第三席は泣きが入っている

それほどこの日、冬獅郎宛に届いた
バレンタインチョコレートや贈り物は
尋常で無い数だったのだ


やれやれと、冬獅郎は扉を開けて
伝票を掴み取ると
大きな文字を殴り書く



「全て『受け取り拒絶』だ!記名はここでいいな?」


届けに来た者に
伝票ごと箱を足で押し返す



「あの、まだ後…二箱分有るんですが…」

「……はぁ。今日来る俺宛の届け物は全て
差出人に返してくれ、頼んだぞ……」



そう言って、いつにも増して
眼光鋭く念を押すと
冬獅郎は、また執務室の中に戻る



「ごめんねぇ。隊長ったらいつにも増して
今日は物凄く機嫌が悪いのよ」




乱菊は配達人と第三席を宥めると
執務室の扉に、大きな紙を貼り付けて
自分の机へと戻った


執務室から、大きな溜息が聞こえる
それは乱菊の物では無く
冬獅郎から発せられる物だった


「はぁ……」



次々に届けられる包みが
相当憂鬱なご様子だ

乱菊はそんな冬獅郎を見て
理由を知りたくなる


「まさか隊長…」

「…なんだ」


乱菊の問いかけに
冬獅郎の反応はとても冷たい

どうせまた、ろくでも無い事を
言い出すに違いない


「2月14日に何かとても大きな
心的外傷抱えてるんじゃっ!?」

「ねぇよ!!!……ん?」


反論の為に顔を上げて
冬獅郎は執務室の異変に気が付いた

乱菊の隣で五番隊副隊長が
大きな紙と格闘中だ



「………雛森、何でお前がここに居る!
表の張り紙、見直して来い!!」


「え?『面会謝絶』のあれ?私は乱菊さんに
包装紙を届けに来ただけだから
日番谷君は気にしないで、執務続けてよ」



(こいつらは一体、この部屋を何だと思ってるんだ…)




ぴしっと言う音を立てて
冬獅郎の額に一つ青筋が浮かぶ

そんな事はお構い無しに
女二人は包装を続ける

明らかに失敗と思われる
一つ目に出来上がった包みを
乱菊は冬獅郎に差し出した



「…包装完了と。はい隊長!
部下の愛が詰まったちょこれえとですよ。
今なら私に、高級なお返しを渡せる権利付き!
さぁっ、どうぞ受け取って!!」



記入中の報告書に乗せられたそれを
冬獅郎は無言で窓の外へと
放り投げ、また黙々と筆を走らせる


「隊長ったら、義理も受け取ってくれないなんて…」


思い切り、『義理』と言う言葉を
口にしておきながら
お返しを期待していた乱菊は

天井を仰いで、大いにがっかりしている

一体いつからこんなに上司の性格は
ひん曲がってしまったのだろうか

乱菊は雛森に聞いてみた




「日番谷君てば、統学院時代から
ずっとこうなんですよー」




雛森によれば、冬獅郎は学生時代から

本命義理問わずチョコを受け取る事を
一切、頑なに拒否し続けて居るらしい

中には泣き出す女の子も居る様だが
ばっさり容赦なく、切り捨てて来たそうだ


よほど甘い物が嫌いなのだろうか?


やはり心的外傷が……?!

などと、腕を組み一人
考え込む乱菊とは別に、雛森はと言うと


学生時代とは違い、隊長になった今なら
受け取るかもしれないと考えた


「義理」と書かれた梱包前のチョコを
雛森は、そっと冬獅郎の前へ
差し出してみるが

手に取った、と思ったその手で
冬獅郎は内容を確認する事無く
ぽいっと横へ投げる


「あーっ!」

「さすが隊長!」


冬獅郎の背から斜め後ろへ
放られたチョコが
見事ゴミ箱へと命中した事に
感心したのは乱菊だけだ


優しい藍染隊長とは大違いだと
雛森は頬を膨らませる


「もうっ!そんな事してたらモテ無いよ?」


「………下らねェ……煩わしいだけだぜ
俺は誰からも一切受け取ら無ぇって
…言ってるだろうが!!」



その時冬獅郎は、はっとして
扉の方へ目をやった


「――!」


冬獅郎は、何かを察したのか
乱菊と雛森の頭上を飛び越えて

勢い良く執務室の扉を開く



!」



飛び出して来た冬獅郎と
目が合ったのは

『面会謝絶』と書かれた、張り紙を持った



「え、あの…冬獅郎さん…」



いつもなら自分を見つけると
この上なく嬉しそうに微笑む筈の
の顔はどこか違う



「すみません、お仕事の邪魔するつもりは
無かったんですが…あの……」



小さな包みを左腕に抱えて
は冬獅郎から目を逸らした


は自分に表情を隠している様だ


先ほどの自分の言葉が耳に入ってしまい
何らかの勘違いにより、大きな衝撃を
受けているのだと

冬獅郎が確信したと同時
は逃げるように背を向けて走り出す



「ごめんなさい、わたくし…用事を…失礼します!」


「オイ、!!」




すぐさま追いかけようとして
冬獅郎は執務室の中に目線を戻す


「はいはい、いってらっしゃ〜い!隊長、頑張ってね」


乱菊は、冬獅郎に手を振っている

至って楽しそうだ
少し留守にする、と小さく呟いて
冬獅郎はすぐさま

の後を追いかけた



乱菊に代わって、執務室の扉を閉めた雛森は
鮮やかな色の包装紙を片手に
眉を顰めている



「だから言ったのに。一番大切な人まで泣かせて…
後で怒って上げなくちゃ!!」



一人ふくれている雛森を余所に
乱菊は窓の外を見下ろしながら、頷いた



「一番大切な人……ん?なるほど、隊長ったら……」


隊舎の下では羽を広げて
飛ぼうとしたの袖を
どうにか掴んだ冬獅郎の姿が見えた



「戻って来るのには、時間掛かりそうね」


乱菊は二人に優しく微笑んで
窓に背を向けた

丁度雛森は、チョコレートの梱包が完了した様だ
綺麗にリボンが掛けられている


「これで良し!藍染隊長喜んでくれるかなぁ……」


「はいはい。藍染隊長なら喜んで貰ってくれるわよ。
あんたも頑張って渡してらっしゃい」


「お邪魔しました〜!」



ご機嫌に十番隊執務室を
後にする雛森を見送って、乱菊は
小さな溜息を吐いて笑った



(……若いって…いいわね)














隊舎の外で、冬獅郎に
袖を掴まれただったが

足を止めようとはしない



、待てって!!」



冬獅郎の声にもは、振り返らない


「離して!冬獅郎さんに
こんな自分を見せたく有りません……」



どこか苛立っている様だ
こんなは非常に珍しい


尚更このまま帰らせる訳には行かない
冬獅郎はの肩を掴んで
しっかりと引き止める

勢いで振り向かされた
半分閉じた翼を、勢いよく揺らされて
沢山の羽根が舞った


「……お前…?」


羽根が小さな水の粒を乗せて落ちる



振り向いたの瞳から
流れ落ちた泪を受け止めて
ゆっくりと翼を凰華に収めると

はようやく冬獅郎に向き合った



「私…ごめんなさい…冬獅郎さん…
何故か解らないけれど苦しくなって…あの……」



自身もどうしてこんなに
胸が痛むのか、解らなかった


自分がずっとバレンタインを知らず
冬獅郎を傷つけて居たのだろうか


それとも誰からの想いも
受け取りたく無いのは
自分の想いが冬獅郎にとって

あまりに重いモノなのだろうか



に出逢ってから
一度たりとも、他の誰からの
どんな感情も受け止める事をしなかった

冬獅郎は一体
どんな想いで居たのだろう




「余計な心配すんなよ……バカ


「ごめんなさい…どうしていいか解らなくなって…」



止められない泪に瞳を伏せて

くしゃくしゃになった小さな包みを
胸元に隠すの濡れた顔を
冬獅郎はそっと抱き寄せる




さまざまな感情が押寄せて
は、より泣けて来た

ただ違ったのは痛みの感情ではなく
不安を取り除く穏やかな
冬獅郎の温もりのせいだ


「……冬獅郎さん…」


「これまでも、この先も俺は変わらねぇよ……」







俺が今まで、誰からも受け取ら無かったのには
ちゃんと理由が有る


食えねぇだとか、そいつが憎い訳じゃない


沢山の想いに答えられるほど
俺は器用なんかじゃねえ


時としてそれは
誰かを傷付ける事になる


お前にだけはそんな想いを
させたく無かった




それと後ひとつの理由――





「出せよ…ほら!」


「…えっ?」


「お前のだけはちゃんと食ってやるから」



それを俺は、言葉にする事は無いだろう

お前から貰える日を
ただずっと、待って居たなんて事を――




「あ、あの…皺くちゃになってしまいましたから」


「いいから、早く出せ」



受け取るのは、ただ一人きり
お前の想いだけでいい


これからもずっと




が申し訳なさそうに差し出した
潰れてしまった小さな箱を
奪うように受け取って

冬獅郎は元の形を問う事も無く
原型を留めて居ないチョコの欠片を摘んで

が不安げに見守る中

ひとつ、口の中へと放り込んだ




「………死ぬほど甘い……」


眉間に寄せた大きな皺と
憎まれ口は

せめてもの照れ隠し


今死んでも悔いが残らないと
錯覚しそうになった程

の想いが
心と感覚までも

とびきり甘い物に変えてしまう



そんな事とは露知らず
は再び泣き出しそうな程、慌ててる


「あ、あの、えっと、来年からちゃんと
気を付けますから!」


は、冬獅郎から取り返そうとするが
するりとかわされる


「いや…これでいい」


「……?」


想いの甘さは減る事無く
増えてくれた方が有り難い



二月十四日



年に一度きり

眩暈がするほど甘い菓子を
俺が口にする日


それは決して苦痛ではなく
待ちわびた幸せを噛み締める時だ


「不味くねえよ。心配すんな、ちゃんと全部食ってやるから」



そう言うと、石段に腰掛けて
無言で黙々とチョコを
平らげて行く冬獅郎を

並んで座ったは、幸せそうに見詰めた


最後の一欠片を口に運ぼうとして
冬獅郎は何を思ったか
急に眉間に皺を寄せて

静かに口を開く



、お前これ……他の誰かにもやったのか?」



今度は冬獅郎の中に生まれた
小さな不安だった


「いいえ…?」


笑顔で首を傾げるは、気付いて居ないだろう

冬獅郎のためだけに、愛情を込めて作り
想いを届けたいと用意したチョコレート

この先何年経っても贈るのは
冬獅郎だけだと

ごく自然に考えている事こそが


以外の他の誰からも
受け取ろうとしなかった冬獅郎の
への想いと


同じだった事を




「……ならいい」



「皆にあげなきゃ、いけなかったのですか?」



「……駄目。俺以外に絶対やるなよ…」




年に一度きり

冬獅郎がへの独占欲を
素直に口に出せる唯一の日でも
有るのかもしれない


最後の欠片を口に放り込み
顔を赤くしての視線とは
反対の方を向く


冬獅郎の心を知って


もまた満たされていく

静かに頷いて
そっと肩に頬を寄せる



「雪、降りそうですね」




仕事が終われば、また
二人共に過ごせると言うのに
僅かに離れる時間さえ

とても寂しく感じてしまう



しかし自分の我がままで、これ以上
冬獅郎に迷惑を掛けたく無いと
立ち上がろうとしたの袖が

僅かに引っ張られ
再び冬獅郎の隣に
腰を下ろす事となった


は慌てて、冬獅郎に声を掛ける


「冬獅郎さん…?!お仕事戻らないと」



おろおろするとは反対に
冬獅郎はとても穏やかに
笑ってこう言った



「雪が降り出すまでは……な」



着物に隠れ少し冷たくなった
の手を、冬獅郎の掌が包む


顔を紅く染める体温は
吐き出す息を、一層白く曇らせる

交わす言葉は無くとも

冬空の下
数分の時が永遠に変わる様に
二人静かに想いを刻む



たとえハートの形をしたチョコが
ばらばらに砕けてしまっても
たった一人の想いだけは

心ごと受け止めて……




そんな冬獅郎流の





二月十四日の過ごし方












  

読んで下さってありがとうございましたv
受け取って貰えない人たちが
とっても気の毒な事になってますが(汗)
全ては、モテモテの日番谷隊長を
ヒロイン様に、独り占めして頂きたかったが故に!!

さて、ホワイトデーはどうなる事やら…(遠い目)

2006.02.11
十番隊隊主室 一片でした。









冬獅郎流〜二月十四日の過ごし方〜