が元に戻り、二人共に過ごす、実質二度目の夜の事




この日は冬獅郎が、着任後すぐと言う事も有り
長引いた仕事は深夜に及び
風呂に入り終えたのは

日付が変わる、ほんの少し前になった



湯に温められた体も
真冬の冷たい廊下を歩く

あっと言う間に、冷やされてしまう


足早に寝室へと向かい
勢い良く扉を開けて、冬獅郎は足が止まる



「あ、冬獅郎さん。お湯加減いかがでしたか?」



部屋の隅に有る火鉢の傍で
は長く濡れた黒髪を
黄楊櫛で梳かしながら

ゆっくりと冬獅郎に微笑み掛けた


しかし冬獅郎の視線は
ぶつかる事無く、別の一点に止まる



「冬獅郎さん?扉閉めないと冷えますよ?」


の声で、はっとした冬獅郎は
強く扉を滑らせて
大きな音を鳴らし扉を閉める

それに驚くを気にもせず

目線と足は、一直線に
敷かれた布団に向う



「冬獅郎さん……?」


疲れていて、余程眠いのだろうかと
心配そうな
問いかけにも答える事無く

冬獅郎は布団をずんずん踏みつけて

枕を1つ掴んだ



「おい、。これは……何だ」


「はい?」


に向けて見せた枕は
淡い桜色に雪兎の刺繍が施され

明らかに、女物の枕だと分かる



「わたくしの枕が何か?」


「枕が、じゃねえ。何故の枕がここに有るか、だ」



精神に浮かんだ疑問と
それに伴う頭部への血液上昇を

冬獅郎は、精一杯の冷静さの装いに変える


冬獅郎から投げられた
柔らかな枕を抱き止めて
は首を傾げ

枕の隙間から、恥ずかしそうに冬獅郎を覗く



「……枕も一つがいいですか?」



「枕、『も』、じゃねえ!!」




寝室の真ん中に敷かれた一つ布団に
並んでいた二つの枕




何とか考えずに
この場をやり過ごそうとしたが

の表情に冷静さが欠けて行く



「お前の寝室は隣だろ?!」


「ええっ?!」


これでもかと言う程、驚いたの顔は
冬獅郎がどうしても避けたかった質問を

聞かざるを得ない



「ええっ?!じゃねえ!おま、おまえ
まさかここで寝るとか言い出す……」


「いけませんか?」



は冬獅郎が投げた枕を抱え
躊躇う事無く

冬獅郎が座る布団の上に対座する
思わず体を後方へと反して

冬獅郎は大きく声を張った



「いい理由ねえだろ!!」



落ち着きを失った感情を
怒鳴り声に変えて

どうにか冷静さを取り戻そうとするも

は、追い討ちを掛けて来る



「昨夜は一緒のお布団でしたのに!」


「昨日は……あれだ、疲れてて
そこまで考えられなかっただけだっ!!」



の手によって、再び元の場所へ
並べられた二つの枕


ぐっと近づいたの顔から
冬獅郎は真っ赤になって居るだろう顔を
逸らして桜色の枕を掴み

へ、また突き返す



はこれ持って、さっさと隣の部屋へ行け!」



しかし、いつまでたっても
受け取られない枕を不思議に思い
の気配のする方へと、顔を戻してみると


は拗ねた様子で
小さく頬を膨らませ自分の布団を
冬獅郎の座る布団の隣へ

せっせと敷いている



「俺の布団の隣に敷くな!」



そこで思わず冬獅郎は
手に持つ枕を向け、放り投げた


……しまった


そう思ったころは、すでに手遅れだった

の表情が見る見るうちに
悲しげな物に変わって行く



「せめて、同じお部屋に居させて下さいませんか……
お布団離して敷きますからますから」



「……勝手にしろ。俺は先に寝る!」







……違う

そうじゃない




何を強がってるんだ俺は?


に怒鳴った手前、後に引けないからか?






「おやすみなさい、冬獅郎さん」



広い部屋の隅に引きずって
移動させた布団の中で


は冬獅郎に、小さく声を掛ける




「……ああ」





にただ、そう一言返した俺は
眠れる訳も無く


同じ部屋に居る筈の
やけに遠く感じて


息が苦しかった




「……」


「……」



時計の音だけが、いつもより
嫌に大きく脳に響く


身体を休める夜は長い方がいい

いつもなら、こんなにゆるりと流れる時間を
有り難く思える筈だが
痛む心が永遠に続きそうで



……違う、痛いのは俺の心じゃない


の方だ





「……、起きてるか?」




昼間なら雑踏の中すぐ
掻き消される程、小さな声で


冬獅郎は、祈る様にの名を呼んだ





「……はい」




布団の中で顔を埋めて答える
の声もまた、とても小さな物だったが


冬獅郎の心はどこか
とてもほっとした気がした



ゆっくりと身体を起こし
左に少しずれて

一人分横になれる平面を作る



その様子を、布団の隙間から
不思議そうに覗くへ一瞥をくれて

空いた部分の敷布を軽く叩く




「冬獅郎さん……」




にむけて、こっちに来いと
言葉にする事は出来なかったが

暗い部屋の中に明かりが灯った様に
が幸せそうに微笑んだ事は

やわらかになった空気が
冬獅郎に知らせた



桜色の枕を大事そうに抱えて
は、冬獅郎の布団へと座る



「あの……冬獅郎さん、無理なさらないで」



「なら、戻るか?」


背を向けたまま、吐いて出てる悪態に
は大きく首を横に振る




「……何でお前は俺と」


「眠る間際まで……冬獅郎さんが
傍に居るって感じていたかったんです」



背に受け止めるの心は

改めて問うまでも無く
自分と同じものだと知って


冬獅郎はまた、酷く安心する





「冬獅郎さんがわたくしと眠るの
嫌だったって気付かなくてごめんなさい」


「嫌だとか、そんなんじゃねえよ」



それはきっと、この先ずっと
毎夜悩まされるのだろう


が気付かない

その理由を



「?」



心配そうに首を傾げる






抱きたくなるから、と――






本当の理由を言える日は

……ずっと先でいい




熱くなった息を、大きく一つ吐き出して
少し冷たくなった室内に逃す


の方へ振り向いて
冬獅郎は、右手を差し出した



「貸せよ、それ」

「……え、あの冬獅郎さん?」



慌てるに躊躇う事無く
抱えていた枕を掴んで

が隅に敷いた
布団の方へと放り投げる


「ええっ!?」


余程気に入っていたのだろうか
それとも俺の行動が、読めなかったからか
は飛んだ枕を目で追って

目を丸くしている



「冬獅郎さん??」



理由が解らず泣き出しそうな
に、冬獅郎は顔を背けて



「いらねぇだろ?…………ほら」


自分の腕を差し出した

枕を投げたのは




自分の腕で眠ればいい




そう言葉に出来なかったからだ




ようやく事態が飲み込めた
この上なく幸せそうに微笑んで
冬獅郎へと駆け寄った


冬獅郎の布団に潜り込んで

疎放を向いて表情の分からない
冬獅郎の腕に、は恐る恐る頭を乗せる



「あの……、重く無いですか」


「……んな理由無いだろ」





冷たく返すのは、高鳴る鼓動を隠す為





「腕……痛くならないですか?」


「こんな事で痛くなる様じゃ、刀なんて振り回せねえよ」




溜息が混じるのは、熱くなる息を逃す為





「あの……眠れますか?」


「……んな事聞くなら、お前が先に寝ろ」




そんな事とは気付かずに
荒れた心を癒したいと

は強く思う



「ごめんなさい……」

「いっっ!?お、おまっ……くっつくな!!」



決しての方を見ようとしない
冬獅郎に、ぎゅっと体を寄せて

の方から、冬獅郎を抱き締める



「だってこうすればわたくしはとても
安心出来ますから、冬獅郎さんも」





全く逆効果だ……


そう思いながらも、温もりを
振り解けない自分を責める様に

冬獅郎は頭が隠れる程
布団を引き上げた


「知らん、さっさと寝るぞ!」



さっきよりずっと


一人で眠るよりもきっと




二人で一つの布団はもっと
心ごと温かく




「おやすみなさい、冬獅郎さん」


「……ああ」



安らぎの中で眠れる物
なのかも知れ無い



俺の腕に頭を乗せて





大きな部屋に二人

用意する寝具は




一つでいい




お前を護るこの腕に
身を委ねる温もりを


胸に抱いて共に眠る




一つで二つ



ゆっくりと取り戻せばいい
積み重ねて来た、二人で一つの日々を


そしてまた新しく


ゆっくりと紡げばいい
歴史を重ねる、二人で一つの日々を




葛藤と、苦悩さえも心地良く感じられる


君の穏やかな音息を聞きながら












  


小さな君とUを書く前に、ちょこっと書いてた物なので
話が繋がってるのか心配です(汗)
読んで下さってありがとうございました。

2006.03.28
十番隊隊主室 一片でした


二つで一つ