小さな君とU後編







長い廊下を駆けながら

が小さくなった理由を
知らぬまま先を急ぐ冬獅郎に向かって

浮竹の叫ぶ声が聞こえる



「冬獅郎君、君には話しておかねばならん!
そのままでいいから聞いてくれ!!」



浮竹の声に、冬獅郎が振り返る事は無く
走り抜ける足音だけが
風を切って聞こえて来る

後ろを行く浮竹から見た
冬獅郎の背中は

誰より大きな感情を、ただ静かに担いでいた


それは、が冬獅郎へよせる感情を
浮竹に指し示している様だった


自分の感情を押し殺して
浮竹は言葉を続ける


は、今の君より遥かに幼い子供だった頃
ある日突然、大人になったんだ!!」



その言葉に冬獅郎は、僅かに
目線で後ろを伺った


「上の者意外は、誰もその理由を知らん
随分と昔の話しだ」


「…」

浮竹の口調は、昨日のふざけた口調では無い様だ

銀と白の揺れる髪で
横切る風を感じながら
二人は、互いの距離を縮める事は無い

冬獅郎は、浮竹の言葉の続きを待ちながら走る



「その直後だ。あいつが凰華の能力を得たのは…」


「……!」



ここで初めて、冬獅郎の足が止まった




「全ての霊圧を使い果たした反動は
の身体に、強い‘跳ね返り’を起こさせる
直接君に知らせて置くべきだった…すまないな」


長く白い前髪が、浮竹の表情を隠す
その声は本当に申し訳なさそうだ



「凰華を卍解まで解放し…
……霊圧の底を付いた反動…」


謝罪の言葉さえ、今の冬獅郎には
耳に入って居なかった







空間を抜け、俺の魂を導き
時に、存在さえも虚無へと還し

生を司る空帝―



その莫大な力を、支えられるだけの身体と
消耗する霊圧は計り知れない



氷輪丸を作る為に
凰華へと、俺の魂の一部を渡した事で

俺が本来有るべき姿を
取り戻せないのならば


霊圧を使い果たした
凰華を得る以前の姿に、戻ってしまうのは―





「…本来流れる筈だった、『時間』を犠牲に
は…空帝を支えられるだけの身体を
得た、という事か?!」



俺の魂を、導く為に

俺と共に、生きる為に


…お前は
……自らの命を削って



「ご名答。さすがだな。…ただ違っているのは
『犠牲に』と言う言葉だけだよ!」


ようやくこちらに
気難しい顔を向けた冬獅郎に反して
浮竹は、いつもの笑顔を見せた


「何がおかしい!!あいつは…
犠牲に命を削ったんだろうが!!」



なのになぜ、笑って居られるんだ?!


その時の俺にはまだ
浮竹が言った言葉の意味が
理解出来なかった




「俺だって昨日まではそう思ってたさ。
君を見るまでは、な…
そう心配すんな、は王族の血が混ざってるだろ?」

「関係ねえだろ!!」



例え王族の寿命が、死神より長いとしても
俺はお前が、俺よりも

長く生きる事を願わずに居られない


冬獅郎は、そう考えていた



「やはりまだ子供だなァ!大いに関係有るさ。
いや…知らないに越した事は無い
まあ君は、俺より長く生きろよ?」



大切な者達が、死に行くのを見届けて
長く生きる辛さは
浮竹が誰よりも痛いほど、よく知っている

例え本来の寿命を真っ当出来ずとも
には、そんな痛みなど

この先永遠に訪れて欲しくは無い




……


始めて見た日より、彼は成長を止めている

空帝を得る為だけでは無い
お前が彼と共に生きたいと願い

自ら進んでお前の命を



…彼にも分け与えたのだろう?


「…まったく、敵わない理由だ」



笑顔の中に、一瞬垣間見た
浮竹の背負ってきた物の大きさと
どこか寂しげな目に

冬獅郎は、一番引っかかっていた疑問を
息巻く事無く尋ねた



「…あいつは元に戻れるのか?」



浮竹の表情は、驚いている様に見える

どうやらこの一番重要な部分を
冬獅郎に伝えて居なかった事に
たった今、気付いたようだ


誤魔化す様に笑った後、真面目さを繕って答える



「暫くはやっかいかも知れないが、
いずれ霊圧が回復すれば、また大人に戻る」







「戻る」と聞いて、ほっとしたのも一瞬


そもそも昨日のうちに
浮竹が、きちんと俺に話しておけば
こんな事にならなかった筈だ

馬鹿話をする暇が有ったなら
ちゃんと伝えてろよ…

そう考えると冬獅郎の怒りは収まらず
この阿呆を殴らずに居られない




「まぁ安心してく……ぶおっ!!!」

浮竹が言い終わるより先に
冬獅郎の拳が浮竹の顔面に入る


「それを先に言え!!!!」



呻く浮竹を放ったまま、冬獅郎は
隊首室目指して再び走り出す


なんと無駄に時間を費やしたのだろう
そんな風に嘆かずに済んだのは
自分の知らないを知って


よりあいつを大切にしたい

俺の中で、そう思えたからだ
















十番隊の管轄区をぐるりとまわって
冬獅郎の目に、ようやく見えて来たのは

およそ100段程の石段だ



慮外に備え隊長が、いつ何時でも
隊舎へ駆け付けられる様

隊首室の建物自体は
隊舎からさほど離れては居ない


しかしこんなに遠回りを
せざるを得なかったのには、訳が有った

隊舎と隊首室を繋ぐ、入り口から通路などは
全てが頑固な結界により

閉鎖されていたのだ



四楓院家や王族、十番隊執務室を
常に行き来するには、必要が無く
が隊長だった昨日まで


全く誰にも、使われて居なかったからだ




しかし程なくして、この隊首室は再び閉鎖され
より遠くの場所に新しく
立て直される事になるのは

まだ誰も知らない





冬獅郎は石段を上りかけて
大きな影に気付き
足を止め、門の方を見上げた


冬獅郎の、倍は有るかと思われる大きな羽織が
石段の底から吹き上げる冷たい風に


『七』の紋を、なびかせる





「…七番隊…狛村隊長か?!」


冬獅郎の声に、狛村らしき人影は
ゆっくりと振り向くが
太陽の光に遮られ、冬獅郎は小手をかざす


しかし影になったその顔を
確認する事は出来ない



急いで石段を駆け上がり
隊首室前へと到着した冬獅郎の前には

すでに鉄笠を被った狛村の姿が遇った


気配をまるで感じなかった…
七番隊隊長が何のようだ?

疑問は多いが、しかし今は
そんな事を気にして居る余裕は無い



「用件は後で聞きます。悪いが今は………!!」


軽く挨拶をしながら、狛村を横切り
隊首室へ入ろうとして

冬獅郎は我目を疑った




「…なっ?!?!?」




大きな狛村の左腕の中で
より小さく見える

埋もれているのに気が付いた


小さな姿になっても変わらない
春に咲く花の様なの髪の香りが

すり抜けた風に乗って、冬獅郎に届かなければ
気付けなかっただろう



冬獅郎は、慌てて数歩引き返し
狛村の腕の中を覗きこみ
不安げな表情で、を確認する


はと言うと、温かな日差しと
大きな腕に安心しているのか
こちらの心配を余所に


穏やかな音息をたてて
とても心地良さそうに眠って居た



安堵の胸をなでおろした冬獅郎の
遥かに遠く頭上の方から
狛村が声を掛ける



「…殿の様子が気になって
立ち寄って見たのだ。殿は…見ての通りだ」



昔からの事を知る狛村は
の相手をしてやって居たのだろう

遊びつかれて眠るを抱えて
冬獅郎が戻るまでの間
ここでを護って居てくれた様だ




「すみません、狛村隊……?」


侘びを伸べながら、狛村の腕から
を受け取ろうとして

冬獅郎は、何やら嫌な気配を感じ取った



「ふぅー!やれやれ…お前が居てくれて良かったよ。
しかし…それじゃまるで
…番犬みたいだぞ、狛村?」


「……!!」


すぐさま狛村からを引き寄せて
門の上へと飛んだ筈の
冬獅郎の腕からは、が消えている



殿には元柳斎殿同様、恩義が有る。
他に理由は要らぬ」


空を仰ぎ穏やかに、そう告げる狛村の隣で
浮竹はを腕に抱き
愛おしそうに見詰めていた


いつの間にを取り上げたのだろう?
さすがに隊長歴が、長いだけの事は有る

と、感心している場合では無い



すっかり目尻を下げて、完全に
親馬鹿な顔になっている浮竹は

今にも頬擦りをしそうな勢いだ


呆気に取られていた冬獅郎の
表情と霊圧が、一気に氷点下を迎える





、俺が来たからにはもう心配要らんぞ!
さぁ雨乾堂に行こうな。
菓子は沢山用意して有……がはっ!!」


思った通り、浮竹は眠る
頬を近づけようとした

しかしそれより先に
冬獅郎の頭が浮竹の顎を打つ

を取り返すと、何も言わず立ち去ろうとした
狛村を呼び止める




「狛村隊長、この先何があっても
俺が…を護ります」


礼ではない

自らに立てた誓いだ




「…頼もしい婿殿を得た物だ。任せたぞ、日番谷の」

振り返る表情は
鉄笠の下に隠れて分からないが

その声はとても穏やかだった



「ああ。…って俺は婿じゃねえ!」

冬獅郎が大声を張り上げた、本当の理由は
婿と言われたせいでは無い


他人から改めて聞かされる
自分との関係を再確認した様で
気恥ずかしさに、耐えられなかっただけだ




「…ふぁ〜…ぅ…ん…とーしろさんの
においー…お日さまみたい…」


よく眠って居ただったが、こうも賑やかだと
起きるな、と言う方が難しい

小さなあくびをしながら、ゆっくりと眼を開く



「ん?…目、覚めたか?」


太陽を背に、覗きこむ冬獅郎を見つけて
の眠そうだった目が

みるみる内に


幸せに満ちてくる



「お帰りなさい!とーしろうさん!
あのね、さみしかったけど
ちゃんといい子でまってたの!」


例えその姿が変わっても
溢れる笑顔はその物だった


「…そうか」


腕から下ろしたの前に
しゃがむ冬獅郎は、困った様に微笑んだ

は、そんな冬獅郎の顔を
心配そうに覗きこみ

小さな掌で冬獅郎の頬に触れる


「どうしたの?とーしろうさん、おしごと疲れちゃったの?」




の無事を知って、安心したのと
置いて行った事への心苦しさが

冬獅郎の心を、小さく振るわせた



「…、ごめんな」



冬獅郎はから表情を隠す様に
小さな温もりを抱き締める


「え…?なぁに?とーしろうさん、どうしたの?
……あっ!うきたけさまだー!」


は不思議そうに、首を傾げて居たが
見上げた視軸の先に

浮竹を見つけてしまった



喜んで居る度合いは、寧ろ
浮竹の方が遥かに上だ

しゃがみ込むと両手を広げて、高らかに笑い
を自分へと招こうとする



「さぁおいで、!後は俺が付いてるから
日番谷隊長は安心して仕事に戻るといい。
心配するな。子供の扱いには、とても慣れてる」


「テメーだけで隊舎に戻れ!!」




二度と取られてなる物かと
冬獅郎はを、肩へとしっかり担いで怒鳴った


しかし今の浮竹には冬獅郎の話など
全く興味が湧かないらしく
担がれたままのに向かって

話し掛ける事をやめない



、十三番隊は氷の柱で大きな穴が開いててな!
今は仕事が出来ないんだ。しかし珍しいから
見に連れて行ってやろうか、面白いぞ?」


「余計な世話だ!さっさと帰れっ!」



なるほど、隊長が居なくても済むわけだ
瞬刻責任を感じた冬獅郎だったが
そもそもの原因を思い出し、怒鳴り返す


この奇妙な喧嘩の板挟みとなって居る
小さなは、今にも泣き出しそうだ



「ぅっ…ぅっ…とーしろうさんも、うきたけさまも
けんかするの嫌です…
…コマとあそぶ」


「こ、コマ?!」


冬獅郎は、思わずの顔を見た

の視線の先は、間違いなく
石段を降りていく狛村に向けられている


どうやらの言うコマは
狛村隊長を差すらしい



「狛村隊長は仕事だから駄目だ」

「ふぇっ…コマぁ…」

はぽろぽろと泣きながら
帰っていく狛村に、小さな手を懸命に振った



あやす様に、の背中を
軽く叩いてやる冬獅郎の背後から

溜息混じりの浮竹が声を掛ける


「こらこら、泣かせちゃ駄目じゃないか、全く」



…まだ居たのか

元はと言えば、誰が原因だと
思っているのだろうか、この男は?


そう考えた冬獅郎は
浮竹のよりも、遥かに長い溜息を深く吐いて
がっくりと頭を垂れた




















やっとの思いで十三番隊長を追い返し

を連れ、執務室へ戻った冬獅郎は
この姿のを副隊長の前に
連れて行く事に、いささか不安を感じて居たが

乱菊の反応は、思いの他
あっさりとした物だった



以前にから聞かされて居たのか
小さくなった事には余り驚かず

が元に戻るまで
執務室に居る事を、抵抗無く了承し
それ以降もを連れて来るようにと

なぜか逆に、冬獅郎が乱菊に
頼まれてしまって居た



どうにも納得が行かない様子のまま
机にむかう冬獅郎を余所に

実際に、初めて小さな
目の当たりにした乱菊の興味は
の外見よりも、その中身へと注がれる



「ほぉ〜ら、これにも落書きしていいわよ〜」


「えーっとこれはー、三はんほうこく書だから
ここにさいんして、こっちにハンコっ」

「……」


一見楽しそうに、遊んで居るように
見える二人の様子を
冬獅郎は伺っていたのだが―



「はい、次はこれよ?助かるわ〜」



「はーい!…とどけ出書に、つうち書
こっちが、しようきょか書で、後は…えっとへんせい表と
にんむたいせい台ちょう…はいっできたぁっ!らんぎく!」



「おおっ!これはびっくり。霊圧が無くなっても
頭はいいのねぇ!育ちが違うだけの事は有る」




本来幼い頃から英才教育を
受けて来たにとって、事務処理などは
小さくなってもお手の物らしい

それを知って、乱菊は
自分の仕事をやらせていた


はと言うと、至って楽しそうだ


が楽しんで居るなら
放って置いて…良い訳が無い


何の為に昨日の隊首試験で
の肩から死神の名を
降ろしてやったか、分からなくなる




「…おい松本、に仕事をさせるな!!」


大きな音を鳴らして、冬獅郎の両手は机を打つ

しかし悪気があって
仕事をさせて居る訳ではない乱菊は
と共に、きょとんとしている


どうやらこの二人
昨日まで当たり前の様に


書類を渡す係り
それをひたすらこなす係りに

分かれていた様だ




「小さくなっても、やっぱりは、仕事速いですよ?
えらいえらい!」


「そう言う問題じゃねえ!!子供に仕事なんかさせるな!」



乱菊は暫しの間考えて
今朝、冬獅郎の机の上に積んだ
自分の書類を取り分けて、胸に抱える




「…日番谷隊長。仕事させて、ホントどうもすみません」


申し訳なさそうに、丁寧に頭を下げて
自分の机へと戻っていく


冬獅郎は気付いた

子供=自分

乱菊が、そう思ったのだと



「俺の事じゃねえ!!!」



この日一番大きく張り上げた声に
は驚いたが

同時に、執務室を舞った書類たちを見上げ
まるで大きな白い羽根が
沢山飛んで居るように見えて

小さな両手を仰いで喜んだ



「とーしろうさん、たのしいっ!
もーっと『らくがき』したいです」


「ほら、隊長もを見習って下さい」



なんとも、楽しそうな二人を見て思う


(松本…おまえがを見習ってくれ……)



この副官と組んで隊を率いるのは
どうやら先が思いやられそうだ


そんな環境での十番隊長、副隊長の執務は
の霊圧が回復するまでの数日間

時折、十三番隊長が乱入しながら
賑やかに続く事になる







こんな事になるなら
この先俺は絶対に

に霊圧を使わせたりしない


そう心に誓う冬獅郎だった













最後まで読んで下さって、ありがとうございました。(涙)
ややこし過ぎるヒロインの伏線は
これでほぼ終了です。(多分)

ここでもちょっと触れたましたが
隊首室が隊主室に変わる話も(管理人の言い訳ネタ…)
そのうち書きたいと思います。

次回は甘小説で…

2006.01.29
十番隊隊主室 一片