藍染の叛乱から六日
あらゆる後処理に追われ
ようやく落ち着いて、浮竹が雨乾堂に戻ったのは

深夜の事


さまざまな事が、頭の中を廻る

これから起こるで有ろう、危局を前に
浮竹の心は、殊の外落ち着いていた


橙色の髪をした、旅禍の少年に


今は亡き、部下の面影を重ねる



あの雨の日から一日足りと、忘れた事は無い



救えなかった己の不甲斐無さを
呪わなかった日など無い


ルキアと共に、浮竹は


ようやく心が救われた気がした




掌に握り締めて居た物を
月明かりに照らして眺める


「これはまだ、当分の間俺が預かって置くから
…いつか必ず戻って来いよ…海燕」



そう呟いて、お気楽に笑う部下達が映った
写真立ての前に、副官章を置いた





開け放した窓から、夜の風が吹き
浮竹の、長い髪を静かに揺らす


二、三度くしゃみをして、浮竹は思う




(…風邪ひいたか?明日は旅禍を見送る日だ、今日は大人しくせねばならんな…)




羽織を脱いで、床に入ろうとしたその時


静かな闇が静寂を包む
丁度日付が変わる真夜中の頃

雨乾堂を照らす月明かりの下

懐かしい声を聞く





「相変わらず暢気な男じゃのぅ?浮竹」



「真夜中に眠ろうとして何が悪い?夜這いにしては
皮肉な物言いだな、夜一」




闇に溶け込む漆黒の猫が一匹
音を立てる事無く

雨乾堂の窓から入り込む



「生憎、病弱な男には興味が無くてな。」

「気が合うじゃないか、俺も畜生には興味が無くてな。」

「ほおぅ?」


浮竹はゆっくり起き上がり
まるで事前に、訪問者が有りそれが誰なのかさえ
予測していた様に

小さな器に牛乳を注ぎ、静かに猫の前に置いた




「畜生には興味が無い割りに、用意周到じゃのぅ?」

「仮にも夜一は、の姉だからな。お前の行動は大体予測がつくさ」


夏の夜には不釣合いな、熱い茶を片手に
浮竹は皮肉に笑う


「酷い言われようじゃな。まあよい、お前には厄介を掛けた」


「厄介だとは思って居ない、だが…」



礼を言う相手が、今はもう俺じゃないと言いかけて
浮竹は夜一から目線を外し、壁に背をもたれ座ると
片膝を立てて、肘を乗せ

言葉の続きを飲み込んだ




「で浮竹、は何処じゃ?霊圧を感じぬ」

「いや…俺は知らんが…」




バリッ!!



闇に光る鋭い爪が
有無を言う間も与えず

三本の深い線を、容赦無く走らせる



「お前の嘘が、儂に通用すると思うたか?」


浮竹は顔面の流血を拭いながら
心の底から思う

がこんな風に育たなくて良かった、と。











目的の地が近付くにつれ、浮竹の足取りは重くなる



「…案内するのはいいが、何故俺が同行しなきゃならん」

「細かい事を。相変わらず気の小さい男じゃのぅ、そんなだから
何時まで経っても一人身なんじゃ。」




無駄に長い階段の手前で、浮竹は立ち停まる



「この上にが居る。」


は山篭りでもしておるのか?」



先に行けと、目で夜一を促して
浮竹は十番隊隊主室を見上げた

出て来るのは溜息の数々

仮にも認めたとは言え、幸せなを見るのは
嬉しくも有り、痛みを伴わないと言えば
嘘になる


胸に込み上げた痛みを、軽く咳をしてやり過ごし
ゆっくりと階段に、足を踏み出した














冬獅郎の回復に霊圧を使い尽くし
小さくなったが、先に眠る寝具の横で
撫子の寝顔を、穏やかに見詰めていた冬獅郎は
庭に何かの気配を感じて

縁側へと腰を下ろす



「にゃー」


「…ん?猫か。」


こんな高い所にでも猫は登って来るのか?



冬獅郎はそう思いながらも
夜を明かす友になるかと、深く気に留める事は無かった


「腹減ってんのか?」


「にゃー」


ゆっくり近付く黒猫に、大人しく待てと
撫子を、起こさぬ様に小さく声をかけ
その場を離れた


夜一は静かに冬獅郎を待つ


数十秒後、何やら両手に
大きな物を二つ抱え、
冬獅郎は縁側に戻った



「好きなだけ飲め。」



「にゃっ?!」




大きな器と言うより、それは
猫一匹軽く、水浴び出来るほど大きな

『たらい』にしか見えない



どんっ!と夜一の前に置くと

冬獅郎は一升瓶に入った牛乳を有りったけ
ここぞとばかりに、なみなみと注いで行く




これはもう、飲めと言うより泳げと言っているのか?!




さすがに夜一さえも、その量には後ずさりしかけた



牛乳風呂と化した器に、とにもかくにも


はまったら最後…


恐る恐る背伸びをして、牛乳に舌をつける
そんな夜一の姿を、ぼんやり眺めながら

冬獅郎はにも、見せてやれればと思い
捕まえる事を検討し始めた、矢先の事



「で、小僧。はどこじゃ?」




口の周りだけ白い髭になった黒猫は
冬獅郎に問いかける




「ああ、なら、そこで先に寝て……?!」



目の前のそれは、完全に人語を話した

冬獅郎は縁側から向こうの壁まで、座ったまま瞬時に後ずさりする




「ね、ね、猫が!猫が喋った!?!」



立て掛けてあった、氷輪丸を掴むと
冬獅郎は、の眠る布団の前に塞がり

柄を握り猫を睨んで


間合いを取る



「なんじゃ小僧、いっちょ前に斬魂刀を扱うのか?」

「……何もんだ、てめー」


狗村だって鉄がさの下は、あの姿だった
猫が喋ったっておかしくは無い
冬獅郎はどうにか冷静になれと、自分に言い聞かせる





「儂か?儂はの姉じゃ。」


「あ…姉?!」



予測不能な夜一の言葉に
冬獅郎は呆気に取られた

考えても見れば、とて同じ事
鳥の姿に変われど、人語を話す

目の前の猫が、の姉だと言うのも
強ち嘘だとは言い切れない


しかし万が一の事が有る
冬獅郎は、警戒の姿勢を崩さぬまま
猫を睨む



そんな緊張が崩れ落ちる程
陽気な声が
十番隊隊主室に響いた




「やあ!冬獅郎君、元気になって何より。
夜分遅くに失礼するよ」



「なっ?!浮竹?!お前、何やってんだ」



二人の様子を影ながら、静かに伺っていた
浮竹だったが、冬獅郎が
自分が入り込めない世界に、浸っていない
安心した状況だ。と判断し

夜には似合わない、明るい笑顔を振りまきながら
夜一に続いて、庭から縁側に登る



選りにもよって、一番会わせたくない時に
会わせたく無い奴が来た
冬獅郎は額に手を当てて、がっくりと肩を落とす


そんな冬獅郎の嘆きも、お構い無しに浮竹は
そこに居ないが気になり
辺りを見渡しながら、部屋に上がりこむ




は眠ってるのか?」


「…ああ。ちょっ、ちょっと待て!
勝手に上がり込むなよおっさん!…っ?!もごぉっっ!!!」



静止するため声を上げようと、冬獅郎が大きな口を開けたが最後

浮竹は、ぽんっと冬獅郎の口の中に
大きな菓子を突っ込んだ



「なかなか旨いだろう?次に有ったら、食わせてやろうと
思ってたんでな!手土産だと受け取ってくれ」


「……げほげほっ!いきなりモノ食わすな、ばかやろう!」


浮竹はとても嬉しそうに
危うく窒息死しそうになった、冬獅郎の頭を
乱雑に撫でると

暗い部屋中を見渡して
を探そうとする

冬獅郎は、すかさず浮竹の着物の裾を掴み
行かせはしまいと、その動きを阻止する





部屋の奥で眠って居た
賑やかな声に目を覚まし

一足先に上がりこんだ夜一に、気が付いた


「…!お姉さま?!」


お前、前に会った時より縮んだのぅ?」


「よるいちお姉さま!!にゃんこだー!」



抱きつこうとしたを、夜一はするりとかわす



「久々じゃの?やるか?」

「はいっ!」


は枕元に寝かせていた、斬魂刀を手に取ると
瞳を閉じる

同時には掌に収まる程、小さな鳥へと姿を変えた

姉との鬼事は久方振りの事
は喜色満面に
もめる男二人の間を抜けて、夜空へと羽ばいた




「そんな姿で逃げ切れると思うたか。儂もなめられたものじゃな」



続いて夜一も、冬獅郎と浮竹の頭を踏み台にして
隊主室の屋根へと、高く跳ねて登る



「…構わぬ。行くぞ!」

「はいっ!!」





その様子を唖然として見送った、浮竹と冬獅郎は
お互い決まりの悪そうな顔で
同時に咳払いをする


は…留守だ。」

「ああ、その様だな」

「茶ぐらい出してやるから、飲んだらさっさと帰れよ」

「すまんな…熱いのを頼む」



背の高いのと、低いのが
両端に距離を置き、座って居るとは言え

肩を並べて縁側から、月を見上げる

それは何とも珍しく、不思議な光景だった




「…昔から、ああなのか?」

「ああ。…昔からだ」


冬獅郎と浮竹は、互いに目を合わせる事無く
ぽつりぽつりと会話する



「…ご苦労だな」

「ああ。…お前もな」


二人同時に大きな溜息を吐く
初めて意見が合ったが
この後訪れる、一波乱の幕開けに過ぎないと言う事を

二人は知る由も無かった


















2章では未だに会話の無い
日番谷君と浮竹さん。
接触後の話を先にupして、どないすんねん!
と、自分に突っ込みを入れつつ
後編へと続きます。


姉との再会