隊首試験を終えて、長い夜が明ける頃
日の出より早く
冬獅郎は目が覚めた

それは冬獅郎と
長い長い年月を経た二人
姿を変えて、共に目覚める始まりの朝


に、なる筈だった



「…ん………」



まだ薄暗い部屋に、冬獅郎のまぶたは重く
手探りでの息を探す

一組の寝具は、探すと言っても
それほど広い範囲では無いだろう


しかし、いくら両手を伸ばしても
にぶつからない



「…?」








「……!」



やっとここまで辿り着いたというのに
夢の中にでも、置き忘れたのだろうか?




いや…そんな寝ぼけた話が
あって堪るかよ



この腕が、あいつを強く抱いた温もりを
何より覚えている


ほんの数時間前を、幻にはさせねえ


ようやく目が慣れてきた冬獅郎は
布団を蹴って起き上がり、目を凝らして
薄暗い部屋をぐるりと見渡した

昨日と何も、変わり無い様子の部屋で
唯一違っていると言えば
片隅にの浴衣が、小さくうずくまっている


浴衣がうずくまる?


冬獅郎は首をかしげながら
丸まった浴衣へ近付いた



「…?」



冬獅郎が触れようと手を伸ばすと
僅かに浴衣が動いた

どうやら小さく震えて居るようだ


昨日の隊主試験で霊圧を、使い果たしてしまったせいか
僅かな霊圧も感じられず
冬獅郎でさえ、そこに居るのが

だと分からない程だった



まるで小さな子供が
何かに怯えるように浴衣に包まって
どうやらは、隠れているらしいのだ



まさか…俺が抱いた事
怒ってんじゃねぇだろうな…



うずくまるに、差し出した自分の手に
感じた躊躇いを振り切って
冬獅郎は浴衣ごしに、強くを抱き締める



「お前と朝を迎えられる日を
…ずっと待ってたのは俺だけか、?」



冬獅郎の静かな声とは反対に
から返ってきた声は

苦しそうな呻き声だった



「うー…く、くるしいですっとうしろうさんっ」



「わりぃ……ん?」


力の入った腕を緩めて
冬獅郎はぎょっとする



「…!?な!?お前!!」




何故腕に抱いた時点で
気付かなかったのだろう…

浴衣をかぶった隙間から
冬獅郎を見上げる顔は、明らかに小さい

それがなのかさえも
俄かに信じ難い目の前の

冬獅郎よりも小さな子供だった




「えっと…あの…おはようございますっ」



ほんの少し困った顔をして
くりくりとした、大きな瞳で冬獅郎を見上げると
小さなは微笑んだ



余りに純粋な眼差しに、冬獅郎は
むかえの壁際まで
瞬時に後ずさりしてたじろいだ



ちょっと待て、冷静になれ!と自分に言い聞かせる


どう言う事だ?!俺が何かしたか???












……したのかも、知れない




自問自答の末、理由が分からないまま
大きな罪悪感に襲われる

とにかく、元に戻さなければいけない

しかし、どうすれば戻してやれる?
どうにか冷静になれと、胡坐を掻いて
腕を組み目を閉じる

冬獅郎の眉間の皺が
どんどん深くなっていく


「…おい」


「…?」


小さなは冬獅郎の浴衣を掴んで
せっせと冬獅郎の背中をのぼり
銀の髪を掴んで遊びだす



「…おい、


「とうしろうさんの髪っ!白いゆきみたいできれい!」


「………はぁー…」



冬獅郎は頭を抱えて
大きな溜息を吐くしかなかった

どうしてこうなったのか
どうすれば元に戻るのか



とても聞ける状態では無さそうだ




は冬獅郎の悩みなど
露聊かも気に留めず

無邪気に笑っているのだから、どうしようもない




自分より遥かに年上の者達を
あしらうのは得意な方だが
たとえこれがであったとしても



冬獅郎はこの手の子供が、どうにも苦手だった




手荒く扱う訳にも行かず
上手くなだめる方法も、思い浮かばない


散々小さなに邪魔をされながら
冬獅郎が、どうにか死装束に着替え終わった頃
十番隊隊主室入り口付近から



隊首を呼ぶ声が聞こえる







「早朝より失礼致します!
日番谷隊長はおられますでしょうか?」


「ああ!なんだ!?」




冬獅郎は思わずの口を押さえ
隊員へと声を返す




「準備が整いましたのでご報告を!」


「隊員達への就任報告か、すぐに行く!!」


「はっ!!」




隊員の遠ざかる気配を確認し
ほっとから手を離すと
は大きく息を吸い込んで

満面の笑みを冬獅郎へと投げかける



「とーしろうさん、おしごと!も行くっ」



「…はぁっ?!ちょ、ちょっと待てお前、そんな身体で…」



思わず大きな声を出した自分に
はっとするが、時すでに遅しだ



「とうしろうさん…なのに…うっうぅっ…」



の真っ黒な瞳から
大きな涙の粒がぽろぽろと溢れ出す




「な、泣くなっ、おいっ!!」

「ぅっ…ぅっ…うわーんっ!とうしろうさんのばかぁっ」



泣き始めた子供に対して、大きな声を出すと言うのは
逆効果なのだと言う事を
冬獅郎はこの時初めて知った



「わ、悪かった!!とにかく泣き止め!」



どうにかその場を収めようと
無理やり作る引きつった笑顔は
なんとも不自然だ


そこらに有った枕や浴衣を、投げ付けて
大暴れしようとするを止めたのは
そんな冬獅郎の表情ではなく


の頭に乗せられた
冬獅郎の掌の温もりだった



「ふぇっ…うっ…とーしろうさん…?」


「いいか?仕事が終わったら、ちゃんと
帰って来るから心配すんな、





原因も分からないまま
こんな状態のを、隊舎へ連れて行けば
どんな混乱を招くか計り知れない



頼むから、暫くここでじっとして居てくれ…



冬獅郎が心底そう願うのも、無理は無い



出来る事なら、こんな状態になっているの事だけを
元に戻るまで考えて居てやりたいが

昨晩任命式を終えた、着任早々
私情を挟んで、執務に支障を来たす事になれば
自分の評価を下げるだけでは無く

全てを捨てて、自分を選んでくれたさえも
皆の信頼を失う事に、なり兼ねない


冬獅郎の切実な心情を察してか

はどうにか涙を堪えて
嗚咽混じりに、小さな声を出した




…とーしろうさんのお仕事…じゃましない…
うっ…ふぇっ…だから…おるすばんしてるもん
…ここでとーしろうさん待ってる」


「俺はちゃんとここへ帰る。だからどこにも行くなよ?」

「…うん」

「約束出来るか?」

「うん…おやくそくする」




差し出された冬獅郎の手に
は小さな小指を乗せて
蒼碧の瞳をじっと見詰めて頷いた

ようやく宥めた事にほっとして
冬獅郎は、の頭を乱雑に撫でると


「行ってくる!」


そう言って羽織を引っ掛けながら
十番隊舎目指し、急いで部屋を飛び出した


「いってらっしゃい…」


ひとりぽつんと残されて
再び泣き出しそうになる小さなの表情を
振り返らず走る冬獅郎が、知る事は無いままに…






















隊舎に着いてからは
昨晩引継ぎをこなした甲斐も有り
隊員達への就任の挨拶などは、早々に済ませる事が出来た


何事も、問題の無い時間の
隊長と言う名の仕事は
なんとも退屈なものだった


山積みの書類に目を通しては、印をつく
印をついては書類を書く

完全に事務処理担当だ




三割ほど片付けた筈だが
なぜか一向に減る気配が無い書類の山に
疑問を持った冬獅郎は

本来、副隊長がやるべき仕事が
いつの間にか混ぜられている事に、気が付いた




音が立たぬ様、椅子の上に立って
机に置いてある山積みの書類越しに

その向こうで、それはそれはきちんと
執務をこなして居るであろう
副隊長の様子を静かに伺った




「………おい…松本…」




「何ですか、隊長?」





冬獅郎の声は怒っていると
すぐ分かる低音


それに対して副隊長の返答は
なぜ怒っているのか、全く分からない様子だ



「何やってんだ…」



「何って…見ての通り、団子を食べてる最中です。
ほら、隊長も食べます?おいしいですよ」




乱菊の回答を受け、冬獅郎のこめかみに
一本の青筋が音無く静かに浮いた


着任早々、怒鳴り散らすわけにも行かず
どうにか怒りを抑え、口の周りをタレだらけにした乱菊へと
疑問をぶつけてみる事にした




「俺の仕事が増えてる気がするんだが」

「気のせいですよ。ところで隊長、は?」



気のせいと言う言葉に
冬獅郎の青筋がまた一つ増えたが
の話題を振られ、冬獅郎は怒りの矛先を失った


「今日から隊長は俺だ。…それよりお前に聞きたい事―」

「あっっ!!!そう言えば昨日浮竹隊長に何か
大切な事を言われた様な気が…なんだっけ?
酔ってたから忘れちゃったワ。ごめんね、隊長っ」


「……」



乱菊の声により、質問が遮られた冬獅郎は思う


何故、人の話を聞かねえ奴ばかりなんだ?!
乱菊の言う、大切な言伝が何かと
気にはなるが、昨夜を思い出せば

あの十三番隊隊長の事は
出来る事なら、あまり考えたくは無いが


「…の事だったような」


「…!」


の事となれば話しは別だ
縮んだ理由を知る、手がかりとなるかも知れない


「松本、思い出してくれ!」


「えっ?隊長、急にどうしたんですか。
直接、浮竹隊長に聞いたらいいじゃない?」



確かに乱菊の言う通りだ
しかし、昨夜の出来事から浮竹は
一晩にして、冬獅郎にとって

最も苦手な人物となったのは、言うまでも無い


あれに関われば、ロクな事が起きない
そんな気がしてならないのだ



「いいから思い出せ!!」


「…そうねぇ、なら隊長…」


今日の仕事を私の分まで
全部やってくれたら、思い出して上げるわよ?

そう言おうとした乱菊の企みは
隊舎全体に響き渡る明るい声によって
失敗に終わる



「やあ!おはよう、日番谷隊長!初めての仕事は順調かい?!」



「浮竹…隊長?」

「あら、浮竹隊長。残念…」


間合いが良いのか悪いのか
人の仕事の進み具合を伺うよりも

こんな午前中から、よその隊にやってくる様な
能天気過ぎる隊長が率いる
十三番隊の仕事が
滞り無く順調に、行われているのかどうか…

そちらの方が余程疑問だ





「仕事は順調だが…何の用っスか?」


「はっはっはっ!そうかそうか!好きなだけ食べなさい」


「……」


自分が分からないの事を
素直に浮竹に聞くのも、しゃくに障る

浮竹の存在を、気に止めない振りをして
冬獅郎は再び、書類に筆を走らせたが

書類の山を押しのけて、浮竹は持って来た菓子を
机一杯に積み上げる
せっかく出来上がった書類までもが
危うく墨汁に浸る所だった



「喧嘩せずに、と半分に分けるんだぞ?」


「…いらねぇっスよ」


昨夜同様、浮竹は冬獅郎の話が
全く耳に入って居ない様子だ

怒る気力を使うのも、無駄に思えてくる


「おーい!隠れてないで出てきなさい。
今日はお前の好きなだけ、一緒に遊んでやるから!」





遊んでやる?

溜息を吐いていた冬獅郎は
浮竹のその一言に顔を上げた

今日、が小さくなっているのを
この男は知っているのだと
冬獅郎は確信した

意地をはっている場合では無い

を元に戻す方法も、やはり浮竹なら
知っているのかもしれない




「浮竹隊長、あいつが…」

なら今日は来てませんよ、浮竹隊長?」


またしても、冬獅郎の言葉は乱菊によって遮られる
乱菊を睨み付ける冬獅郎とは反対に

執務室の隅々を、引っくり返して
を探していた浮竹は
意表を付かれた様子で、首をかしげた



「そうか、総隊長の所だったか。俺はてっきり
お前達の所だと思ったんだが…」




は隊首室へ置いて来た
しかし何故ここで、総隊長の名前が上がるのか

冬獅郎は理由が分からず、下手に出るしかなかった



「総隊長…?どう言う事だ」


「どういう事も何も、君が
総隊長の所まで、連れて行ってくれたんだろう?」


「なんで俺がを、総隊長の所へ
連れてかなきゃなんねえんスか…」





冬獅郎の呟きに、浮竹から笑顔が消えた
殊の他真剣に変わった表情
焦りさえ感じとれる

直後、乱菊の方を向いて浮竹は問う




「松本、の事を昨日彼に伝えてくれたか?!」


「朝まで飲んでてすっかり忘れてましたっ!すみませーん」


悪びれた様子が感じられない乱菊に
そのせいか、と浮竹は短い溜息をついて
すぐさま冬獅郎に聞き直した



「冬獅郎君、の居場所は?!」



先ほどまでの、ちゃらけた浮竹とは一転
まるで別人のように真面目な十三番隊長の姿に

ここへ来て初めて、長上としての威厳と
何か事の重要さを感じた冬獅郎は
威儀を正して答えた


は隊首室に居る」



冬獅郎の一言で、浮竹の顔が瞬刻
僅かに曇った



「…冬獅郎君、の霊圧を探れるか?」



浮竹の指示に、冬獅郎は一瞬眉を顰めたが
已む無く目を閉じて
全身に空中線を張り巡らせて


小さなの霊圧を辿る






隊舎から、隊首室までは
さほど離れた距離では無い
増してやの霊圧を自分が掴めない筈が無い

しかし、そう思ったのも束の間


どんなに霊圧を探っても
冬獅郎は、の霊圧を捉える事が出来なかった




「やはり君でも駄目か…しかしこの事が
何を意味するのか、君になら分かるだろう?」


「………!!」



冬獅郎は浮竹の言葉に、暫し沈黙の後
はっとして息を呑んだ
浮竹は沈黙の中、静かに口を開く



「霊圧を失っている今の
…人間の赤子の如く弱い。
今のあいつを一人にするのは、危険だと言う事を」



「…くそっ!!」



冬獅郎は右袖で大きく風を切り
背後の壁へと、拳を強く打ち付けた

拳の下、壁に入った亀裂から
細かい破片がぱらぱらと、床へ落ちる音だけが
執務室の緊迫した空気に響く



責めるべきは、松本でも浮竹でもねえ

俺自身にだ


今朝目覚めたは、何かに怯えるように
部屋の片隅で、小さく震えていた

身を護る術を持た無い
今のあいつは…どんな思いで
俺を見送ったのだろう



(何故気付いてやれなかった!!)



冬獅郎は、書類と菓子が
山済みになった机を飛び越えて
乱菊と浮竹の間をすり抜ける


「お、おい待て!落ち着くんだ!
まずはの行きそうな所を、俺と手分けして―」


そのように悠長な事など
考える間が有るか、と言わんばかりに
冬獅郎は呆然としていた副隊長に

行き先を告げる



「一旦隊首室に戻る!!」



あいつは…
変わらぬ瞳で、真っ直ぐに俺を見詰めて
約束すると言った


俺の帰りを待って、は必ず隊首室に居る



それは信じていると言うよりは
まるで、祈りにも似た感情だった

もしも、誰かがあいつのチカラを利用すべく
連れ去ってしまって居たなら?

過ぎる不安を振り払う様に
立て掛けてあった斬魄刀を掴むと
冬獅郎の足は、床を強く蹴って駆け出した



「松本、頼むぞ!!」


「どうぞ!」




留守を頼んで執務室を飛び出した上司と
すぐさま後に続く十三番隊長の二人から

感じ取れるただならぬ雰囲気に

ほんの一瞬、小さな責任を感じた乱菊は
微妙に引きつった笑いを浮かべて
執務室を飛び出す彼らへと

手を振りながら、思う


このまま…
とんずらしちゃった方が、身の為かしら…と。










To be continued…



  

思い切って開き直っちゃいましょう。
うん、もうここは十&十三番隊サイトだ…
頑張れ日番谷隊長!
愛はね、愛は有(以下省略)

後編に続きます。

2006.01.24
十番隊隊主室 一片



小さな君とU 前編