進む者、退く者




隊主試験の幕が下り
尸魂界の空に静けさが戻る頃

吹っ切れたのか、一転して上機嫌な浮竹は
京楽と共に何かを企んでいるようだ




「待って下さい浮竹様、あっ!」



二人から早々に、連れて行かれる冬獅郎を
追いかけたの足元が

突如宙に浮く


「???」



痛みは無い
転んだ訳ではなさそうだ


凰華が自ら、翼を広げたのだろうか?

は真っ先に胸元に収めた
斬魂刀を確認するが、きちんとそこに有る


もとより、再び背に翼を纏う霊圧など

残っては居ない



足と両手をバタバタさせて見るが
自由に身動きが取れない

視界には地面が流れて見える




はそこで、ようやく誰かに担がれて
どこかへと運ばれている事に気が付いた




風と重力の抵抗に遭いながら
確認出来たのは『一』の紋

逆さまに見たが、間違えようが無い



自分を肩に担いで
冬獅郎達とは反対の方向へ連れたのは

山本元柳斎重國総隊長





「お、お爺様?!なぜっ?」




冬獅郎を認めてくれた筈の元流斎が
自分を取り急いで連れだす理由が

全く解らない

周りの景色が瞬速に過ぎる中
元柳斎は低い声で答えた



、お前は最後の仕事が残っておる」



「引継ぎは任命式の後きちんと…」


の言葉が終わる前に
元柳斎は言う



「客人がを待っておるのでな」


「お客様…?」



誰だろう、冬獅郎は無事だろうかと
考える時間さえ持てないほど

あっと言う間に目的地に辿り着く


肩から降ろされたは、襟を正しながら
改めて、元柳斎の冠絶した瞬歩に敬する

そんなに、元柳斎は息一つ切らさずに


高く笑って一言



「日々精進有るのみ退くお前とは違い
儂は生涯現役じゃからの!」













一方、冬獅郎を運ぶ京楽は途中

祝い事ならば、七緒に怒られ無い筈だ!
と思い立って

宴の酒を先に浴びるほど確保するから
先に行けと
陽気に浮竹を見送った

そんな事は気にも留めず浮竹は
すこぶるご機嫌に、瀞霊廷を駆け抜ける


冬獅郎は半ば諦めた様子で、引きずられながら
どんどん大きく近づいて来た建物に

疑問符が浮かぶ



「…オイ」




何かを考える事に、夢中な様子の浮竹は
冬獅郎の声に気付かない


周りを囲う壁の向こうの建物に
『十三』の紋が大きく記されている
そこはどうやら、十三番隊隊舎のようだ

門をくぐりながら浮竹は叫んだ


「おーい、仙太郎!清音!戻ったぞー」


「浮竹たいちょー!お帰りなさーい!」


浮竹の声に十三番隊第3席の二人が
待ち構えたように飛んで来て
声をそろえて出迎える



「留守番ご苦労だったな二人とも。変わりは無いか?」


それはもう私が俺がと
案の定始まった清音と仙太郎の


どちらがより一層
浮竹の帰りを心待ちにして居たかと言う


お粗末な喧嘩を執り成しながらも、浮竹は足を止めない




「……という訳だから例の準備、お前達二人も手伝ってくれ」

「はい!!」


浮竹は二人の三席に指示を出して
建物の奥へ奥へと足早に、進んで行くが

冬獅郎の襟首を掴んだその手は

決して離されないままだ




指示を出された何かの準備に
頭を張り巡らせている清音と仙太郎の二人は
浮竹の大きな背中の後ろで

未だに引きずられた状態の冬獅郎に
全く気付かないまま

浮竹と並んで走る






一番奥の部屋着いて冬獅郎の襟元から
ようやく浮竹の手が放された

冬獅郎の方へ振り返った



「さあ着いたぞ、冬獅郎く…ん?!ぐぉっっ!」



と、同時に浮竹のわき腹へ
冬獅郎の懇親の蹴りが入れられる


わき腹を抱える上司よりも
清音と仙太郎の視線は
別の驚きにむけられる



「え、居たの?まさかこの子が日番谷隊長??
って言うか小さ…ぐぉっ…!!」



言い終えるより先、瞬時に背後に周り
二人は冬獅郎に尻を蹴られ
畳に強く顔をぶつけた



「…。オイ、おっさん」



冬獅郎のこめかみに
今にも切れそうに大きな大きな
青筋が一つ

くっきりと浮き出ている



引きずって連れて来られた上に
三席二人が追い討ちをかけたのだから、無理も無い



「なんで俺が十三番隊に
連れて来られなきゃなんねえ!」



わき腹を押さえながらも浮竹は
ふらふらと立ち上がって部下を起こしてやると
何やら再び指示を出して

苛立つ冬獅郎の肩を軽く叩いた




「まあ落ち着いてくれ、君を祝ってやると言ったろ?」



何事も無かったように、澄まして言った浮竹の顔に
一瞬だけ見えた淋しげな目

冬獅郎は意を突かれ、暫し怒りを忘れる

穏やかな顔をして
冬獅郎の前に改まって座ると
浮竹は言葉を重ねた




「君が隊長になる前に、少し話して置きたい事があってな…
聞いて損は無いぞ?
隊長歴だけは、他の誰より伊達に長いからな」



伊達にかよ…と怒る事に疲れた冬獅郎は
差し出された座布団の上に

どかっと無愛想に腰を降ろした




ちょうどそれに合わせて
清音が冬獅郎の前に熱い茶と


山済みの金平糖を出す


好きなだけ食べなさいと
然も言いたげな浮竹の顔は
かえって気味が悪い程、ににこにこしている

文字通り山済みの金平糖越しに
浮竹へとぶつけられる
冬獅郎の視線は



酷く冷たい




「…食わんのか?」



不思議そうに首をかしげる浮竹の問いに
冬獅郎は即、答を返す



「食わねーよ!!」





早々に下げられた菓子を惜しみながら
帳が下りた部屋に明かりを灯して
浮竹は、再び静かに冬獅郎の前へと座る



何やら、隊員たちがばたばたと
慌しく走り回る音だけが
隣から聴こえる部屋で

浮竹は小さなため息を一つ吐いて
冬獅郎へ顔を向け、言葉を切り出した





「俺は…に縁組を申し出た事が有ってな」


腕を組んで、静かに何も言わずに座る
冬獅郎の繭が

わずかに上がる




「返事を聞く間無く飛び出して
帰って来たかと思ったら、許婚が出来たと言って
あっさりきっぱり断られたよ」





浮竹が続けた言葉に
冬獅郎の表情が変わる




この地に生まれかわり
前世の記憶を失った冬獅郎が
再び廻り逢えた


必ず迎えに行くと誓った
それはまさに、あの日の事だった


動き出した別々の歯車が

ようやく噛み合って
またそれぞれの道に動き出した事を
二人知った



「もう何年も前の話だけどな」


眉間に皺が寄る冬獅郎に
浮竹は、が想いを寄せるその相手が

まさか君だとは思いも掛けず、本当に驚いた
と付け加えて、苦い顔で笑う




「日付が変わる深夜
人生で最も運の悪い誕生日を
京楽と俺の副官がここで、祝ってくれたんだ」


部屋をぐるっと見渡して
その夜に思いを馳せながら

先ほど清音が山済みの金平糖と、入れ替わりに
置いて行った大きな箱に

手を触れる




「あいつらと来たら、呆れるほど飲んだくれてな。
慰める所か、俺の部下に至っては
三席と祝言を挙げたいと言い出した」


「…」


この人物なら、今日自分がされたのと同じ様に

どうせまた邪魔をするなり
反対するなりしたのだろうと


怪訝そうに伺う冬獅郎の視線を感じ
穏やかに浮竹は話す



「邪魔などしないさ…
あいら二人の気が変わらぬ様、その日の内に
式を挙げさせて、皆で祝った」



案に相違した少し驚いた冬獅郎に
浮竹は言葉を続け



「この場所でな」



懐かしそうに笑った





座ったまま聞き流すだけだ

霊圧の回復ついでに
しばらく話に付き合っといてやるかと

大きなため息を吐いて
やれやれと足を崩す冬獅郎の前に


浮竹は静かに箱を置く




「その日まだ見ぬ君が、この先ずっと現れなかったら
の気も変わるだろうと
あいつらなりに励ましてくれたらしいんだがなぁ」




箱の中身は、海燕と都の二人にとって
一生の大切な思い出に
なるはずの物だった

おいそれと受け取る訳にいくか!


そう言って断る浮竹に、幸せになれと
押し付けたまま

先に逝ってしまった海燕と都



今になってみれば
護ってやれなかった俺にむけた
あいつらからのほんのささやかな

仕返しなのかも知れんな



痛みが起こる胸を、拳で軽く叩いて
浮竹はひとつ


咳を払う





「君がなかなか現れないのに
の気は一向に変わらないんで
どうした物かと、困ってたんだぞ?」



誤魔化すのを見破られ
冬獅郎から睨み返された浮竹は
困ったように笑って



「君にやるなら…海燕も都も、喜んでくれるだろう」



そう言いながら箱のふたを
静かにそっと開いて見せた







「これは……」











同じ時刻、別の場所で
冬獅郎と同じ言葉を口に出していた



元柳斎に連れられて
着いた場所それは


一番隊隊主室


大きな扉を開いたすぐ
応接用の長椅子に、の知る人物が二人

腰掛けて居るのが目に入る



その人物がそこに居る事に驚いて
動けなくなった

入り口からむかって奥に座る女性が
より先に声をかけた




「話があるのでしょう?



風姿から容易に品を伺える女性は
穏やかに微笑みかける

しかしを刺す秘められた視軸は
恐ろしく冷やかな物だった



の表情が、極めて謹直な物に変わる




「…はい。先ほど隊主試験を終え…」


「それはもう知っておる」





手前に座った初老の男性が
の言葉を遮った



一番隊隊主室の空気が、一瞬にして張り詰めて
息が詰まりそうな雰囲気に変わる



は掌にじんわりと汗が滲み
鼓動が早くなって行くのを感じた




それもそのはず
そこに居た二人はそれぞれが



王族と四楓院家の者だったからだ




の言葉を妨げた人物は
男性で今唯一

四楓院家の姓を持つ者だ



にとっては
父方の大叔父にあたる

大叔父は分家の者なのだが
長きに渡る当主不在の間、四楓院家が
没落せずに来られたのは

この人物による、影の支えが有ったからだろう





もう一人の女性はと言えば

が王族に入った五年間
王族の心得などを骨の髄まで教え込み

特務に籍を置かせ、卍解を叩き上げさせた
にとってただ一人

師にあたる者


何を隠そうこの女性こそが
の母親が、亡くなったすぐ後から
王族へ呼び戻すと言い出し


暦年かけて実行させた、張本人だ





尸魂界誕生以来、護り継がれた
王族の血と

その超然たる白打の才で、刑軍に君臨し続けた
四楓院家の血



二つの血を受け継いだ
計り知れない可能性を
見出すことに、生涯をかけると言った師と


夜一を蔑み貴族の恥と罵って
が王族と繋がる事で
得られるであろう一族の名利に

全てを託した大叔父





そんな二人がもうすでに、隊主試験の結果を
知悉していると言うのなら


早々に自分を待っていた理由は、恐らく


ただ一つ



四楓院家の名を継ぎ
正式に、王族の道を進めと

命じられるのだろう




徐々に高まる鼓動が、大きく胸に響き
の息を詰める


初老の男性が徐に立ち上がり
の前に書類を突き出して

読むように命じた






は受け取った書類に目を通すより先に
静かに息を吐きながら
ゆっくりと目を閉じて


冬獅郎を思い描く



再び出逢うため、大きな壁さえも打ち破り
共に歩く道を作ってくれた
冬獅郎の想いが今は、揺らぐ事無く


この胸に有る



これは最後に超えなければならない
私自身の壁




「恐れ入りますが先に、申し上げなければ
ならない事が有ります」



意を決したの、眼と霊圧が変わる





「わたくしは…
本日より四楓院家と王族の名を、捨てます!!」






その言葉を受け初老の男性が
眼光鋭くに念を押した


「お前の姉の様に、二度と…
戻る場所は無いのだという事、覚悟出来ておるのだろうな?」




魂が還る場所を今日

あの人は教えてくれた




「承知の上ですわ」




そう答えたの声は
暗くは無い



揺ぎ無い信念を抱き、自分が進もうと
している道への誇りに満ちている


それは師が畏怖を与える霊圧を向けて
に言った言葉でさえも
屈しない




何より強い冬獅郎への想い




「純粋な血族ではないお前の力を、ここまで
育ててやった恩を仇で返されるとはね…
…下る鉄槌は厳しい物だと、解っているでしょうね、?」





冬獅郎さんを失う事以外

私はもう



何も恐くない



「…ええ」



どんな処罰が言い渡されようと構わない

必ず超えて、今度は私が
あなたの傍に還るからと、

心に強く思う












の身にそんな事が
起こっているとは露知らず


十三番隊隊舎の奥で冬獅郎は
強く拳を握り締め

爆発しそうな怒りを、抑えるのに必死だった



「おい…」


低く震えて発された声は、怒りに満ちている

しかしその問い掛けに
返事は無い



聴こえてくるのは変わらず慌しそうな
隣の部屋の足音と

冬獅郎の目線の先で
畳にうずくまり、背中が震える浮竹の


苦しそうに漏らす息


持病の肺では、無さそうだと解るのは

冬獅郎をちらりと見ると
すぐにまた畳へとうずくまる浮竹の


押さえて居るのは、肺の有る胸では無く
わき腹だったからだ




「オイおっさん!!」



その様子に心配するでも無く
痺れを切らせた冬獅郎が浮竹を
蹴り飛ばしてやろうと思い切り、足を振り上げ

…たつもりだったが


長い袴が、冬獅郎の足を取る



「くっ…そ…!」



不覚にも、畳へと額を打ち付けた冬獅郎は
苛立ちを、ぶつける為に床を叩こうとするも


拳が袖から出て居ない



浮竹の腹を抱えさせたもの
それは

引きずるほど長い袴と、拳の出ない丈の袖


海燕が浮竹へ
そして、浮竹が冬獅郎へと送った


箱の中身、それは



海燕が着た、婚礼用の袴と着物だ




浮竹には及ばないが、長身だった海燕の着物を
よりも背の低い冬獅郎に

そもそも、寸法が合うわけが無い


寸法を直しに出してから
着せてやれば良いものなのだが
早く着せてやりたかった浮竹の

純粋な優しさだったのだろうか?





「海燕、都…俺はもう駄目かも知れん。
こんな発作は初めてだ…
ぐっ…すまんな、冬獅郎君…はは……はふぐっ!」


「死装束よこして、さっさと勝手に死ね!!」




それとも、ささやかな仕返しなのか
真意を確かめるまでも無く

冬獅郎は着物を脱ぎ捨てて

自由になった腕に
残された渾身の力を込めて
傍にあった湯飲みを思い切り、浮竹に向け投げつける


それは見事、大きく笑った浮竹の口へ収まった





「仕方ない、そろそろ準備が出来る頃だからな
あいにく君に合う大きさの物はこれだけだ
海燕のは残念だが、俺の時まで置いておくよ」


どうにか湯飲みを取り払って
何事も無かったように、浮竹は

冬獅郎に、しぶしぶ別の着物を渡す



あんな格好の悪い姿を、間違っても
だけには見られる訳には行かない
さっさと着替えて
迎えに行こうと、急ぐ冬獅郎に

浮竹の独り言が届く



「…しかし、危うく笑い死に…じゃない
窒息死する所だったぞ?全く面白いな君は!」



「テメーが着ろっつったんだろうが!」



冬獅郎の感情は怒りを通り過ぎ
一人の隊長の人格を深く知った今

隊長に就けるのは
歳や外見など関係ない事を、改めて悟る



この先どんな
変人の隊長に出会おうとも


自分だけはいつだって、真面目な隊長で有り続けようと
心に強く思う











賑やかな十三番隊舎とは一転
一番隊隊主室の空気は重い




「そこに私達からお前への
厳しく重い処罰が記されている。声に出して
読み上げなさい、



師の言葉に、は覚悟を決めた

ゆっくりと呼吸を整えて
手に持つ書類を開き、静かに読み上げる




「…四楓院は…王族および王族特務、四楓院家からの
……『除籍』を命じる…?!」




は我が目を疑った


王族や貴族の者なら
除籍されるなどと言う事は
この上無く不名誉で、最も厳しい処罰だと

誰もが嘆くだろう



しかしそれはにとって
今先ほど、二人に自ら願った事だ

最後まで読み終える前に
すぐさま二人に顔を向ける


大叔父がゆっくりと口を開いた



「…すでに四十六室を通し、手続きは済ませておる」




手続きが…済まされている?



はその言葉を聞いて、何かを気付き
敏捷に書類を捲り

全てに目を通す



四十六室を通したのならば
正式な決定が下されるのに、少なくとも
半日は掛かる筈だ


が隊主試験に赴くより事前に
この書類は、用意されていた事になる


の書類を持つ手と、確認する目線が

申し立てを行われた日付と
申立人の名前の場所で止まる


記された日付は、今日より遙か前



「!!お爺様…まさか…」




それまでの様子を
ただ静かに見守っていた元柳斎の方へ
は、はっと振り返る


申立人に書き綴るられた名は



山本元柳斎重國





死に際に、焼きついた光景から抜け出せず

現世に留まり続けた
の魂を導いて


流刃若火の炎を与えた元柳斎


いつだって孫のように
自分を可愛がってくれた

本当の祖父のように敬慕する人




こうなる事をいつからか知り


遙か遠く



ずっと先を見据えて



ただ静かに見守って
幸せになる事を願って



幼い日触れた炎に感じた
陽だまりような温もりが

の胸に、込み上げて来る



「破門だ、お前より
空帝を受けても、消えなかったあの子の方が
鍛え甲斐がありそうだからね」


「ご、ご尊師様?!」



「夜一の奴と言い、お前と言い、全く持って貴族の恥だ!
今日からは、名も無き平民になり下がり
精々惨めに生き長らえて行くがいい」


「大叔父様!」



放り出す冷たさは
の覚悟を見極めて、送り出す

二人の中に有る優しさ




「用が済んだなら、客人は儂に任せて
さっさと任命式に行かぬか、!」



去らせる厳しさは
元柳斎の中にある暖かさ




「あ、あのっ!お爺様…!いつか聞かせて下さいますか?」



元流斎の合図で一番隊副官が
扉を開ける中、は計る


ずっと思っていた事がある
今を逃せばきっと問う機宜を得ない

は元柳斎に向って
精一杯の声を上げた



「お爺様が尸魂界に来られるずっと昔
きっと…
私があなたの孫だった日の事を!」



元柳斎の繭が片方
軽くあがった



「そんな大昔の事なんぞ、とうに忘れたわい」


つんと粗放を向くのは
元流斎が、撫子に嘘をつく時だけだという事は

幼い頃から知っている


の顔に、ようやく笑顔が戻る



続けて奥の二人に呼びかけた



「ご尊師様、大叔父様!」



一番隊副官に背中を押され
扉が閉められる前

もうひとつは精一杯の心を送る



「本当に有難うございました!」



もう師でもなければ親戚でもないと
冷たく吐く二人に
幸せそうな微笑みを投げて

は一番隊隊主室を後にする


遮る者が無くなった今
が目指し、駆ける先は唯一つ



冬獅郎の元





「全く…誰に似たのかのう」


穏やかさを取り戻した一番隊隊主室
元流斎が呟いた



は知らない


師の妹がその昔

愛する者の傍に居るために、王族の名を捨て
四楓院家に嫁いだ自分の母

『春椿』だと言う事


愛する者の傍に居るため、本家を捨てて分家へと
自ら身を移した

大叔父の事を



「そなたの妹君そっくりで迷惑な話だ」

「あら、春椿よりもそちらの方がそっくりですわ?」



血は争えないとは
まさにこの事なのだろう…

三人の尊重者の言葉に
一番隊副官、は心の奥でひっそりと思った









冬獅郎を、連れて行った浮竹の霊圧を感じて
が十三番隊舎へ向う途中

を心配して、待っていた乱菊に遭遇する


、終わったの?」

「ええ!」


晴れやかに笑う
乱菊は安堵して、それ以上何も聞かず

二人は十三番隊舎を目指した



十三番隊の門が見える頃
清音の甲高い声が聴こえる



様遅ーい。探したんですよ?あっ、松本副隊長!
ちょうどいい所に!
ちょっと手伝って下さいっ、早く早く!」



清音は、と一緒に着いた乱菊に気付き
なにやら耳打ちを始めた


徐々に二人の顔が、企みに満ちてくる


「任せなさい!急ぐわよ、!」

「えっ?あっ!乱菊?清音?!」


何も知らない
疑問符を浮かべていたが
乱菊と清音の二人に担がれて、すぐさまどこかへ連れられる

担がれるのは本日二度目
あっと言う間に出来事には、なす術も無かった






隊舎の奥では、上機嫌な浮竹の声が響く

「おお、ぴったりじゃないか!
俺の弟よりも、よく似合ってるぞ冬獅郎君」


「……」


どうやら今度はちゃんと
着丈の合う浮竹の弟の着物を、渡されたようだが

冬獅郎の顔は、見るからに不服そうだ


悪気が全く無い様子の浮竹へ
起こる気にすら、なれないらしい


自分が先ほどまで着ていた
破損の酷い死装束を手にとって

再びそちらに着替えようとした、その時



「浮竹隊長〜準備完了です!」

隣の部屋から、陽気な清音の声がする
それが何かの合図だったかのように
浮竹の目が輝いた



「おお、清音!を早く見せてくれ!」


「いっ?!ちょ、ちょっと待て!!」


長きを経て乗り越えた壁の後
すぐに引き離された二人

今一番、に会いたがっている筈の冬獅郎が
なぜか一番先に逃げ出しそうなほど
嫌がっている


そんなことはお構い無しに
浮竹は気忙しい


「早く開けて見せてくれ!」


「止めろ、開けさすな!」


冬獅郎の制止の声は
乱菊によって妨げられた


のお届けに来ました!十番隊副隊長松本、開けまーす!」


すこぶる明るい声が、襖を超えて響く


「おい松本!絶対開けるんじゃね……!?」



冬獅郎の声を完全に無視して
勢い良く開かれた扉の向こうの

静かに座っている



冬獅郎の体が固まった



…おまえ……!?」



そこに居たは、
都が残した雪のように白い着物に
身を包んだ姿


目を釘付けにして固まったのは
浮竹も同じ

感極まる想いを
ぽつりぽつりと言葉にかえる


「思った通りだな…よく…似合うぞ…





冬獅郎の時間が止まっていた








恥ずかしそうに微笑む
眉をさげて目を細める浮竹の隣で

冬獅郎は大きな瞳を見開いて
時間が止まったように固まったまま

全く動かない


そんな冬獅郎に目をやった乱菊が
ある事に気付く



「…えーっと浮竹隊長?その子供…じゃなかった、そちらの方は
今からどこかへ詣でるんですか?」



その言葉にはっとして、冬獅郎は顔色が変わった

先ほど逃げ出したくなる様な
気持ちになったのは


他でもない
この格好を見られたくなかったからだ



血の気が引いて行く冬獅郎へ
遅れてきた京楽が


追い討ちをかける



「おっ!綺麗だねーちゃん。
都ちゃんのか、懐かしいねェ……ん??
今日は成長を…祝う行事の日だっけか、浮竹?」




浮竹が海燕の、着物の変わりに渡した物は
子供が祝い事で着る晴れ着

その姿はまるで
現世で言う所の七五三参りの様だ


まさに美しい花嫁だと誰もが見て取れる
の姿とは違い、冬獅郎のそれは
大変気の毒だが


お世辞にも、花婿とは言いがたい風姿だ



任命式の準備を終えて
通りすがりの仙太郎が一言




「当分結婚なんて無理そうですね」



浮竹の顔が見る見る緩んで行く



「早く大きくなれよ冬獅郎君!
海燕のは成長してから、もう一度着ればいいさ。
まあその時までに
の気が変わっていれば、俺が……ん?」



冬獅郎の起爆装置に、とどめの点火をしたのは浮竹



「冬獅郎さん、駄目っ!」




の声と同時
そこに居た誰もが、体中に悪寒を感じた






「全員………殺す!!!」





















式が始まる前、が初めから
用意して持って来ていた死装束を
受け取ると

冬獅郎は颯爽と着こなして

何事も無かったような涼しい顔で
むかえる十番隊主任命式は

その幼い外見から反対する者も
居るだろうと思われたが

一人の反対も出さぬまま、滞りなく行われた



残りの霊圧を全て使い、任命式の会場の一角に
天井を突き破って、空に届くほど伸びた
高い氷の柱を前に


反対する者など誰も居ない


物言わぬ目の前の光景こそが
冬獅郎の力を明示していたからだ


たとえその理由を知る物が


ほんの数名だとしても







任命式が終わり宴が始まる前
と冬獅郎は
早々に十三番隊舎を後にする



、冬獅郎君!もう行くのか?!」


門を潜る二人に浮竹の
呼び止める声が聴こえた


「引継ぎが有りますし、隊の皆が心配ですから」


そう言って会釈すると
再び歩き出そうとした

浮竹は駆け寄った




!」




行くな

本当はそう、叫びたかった




「俺はいつだってここに居る!だから…」



いつだって待っているから
いつだって帰って来い



いや、違う




が幸せになる為に
俺が今、してやれる事は…




「いつでも二人で、遊びに来いよ!」


二人の背中を押してやる事

そうだろう?、冬獅郎君


心の遙か奥に、痛みを封じ
浮竹はそう言って
いつものように

晴れやかに笑って大きく手を振った



「ありがとう浮竹様!」


先に行く冬獅郎を慌てて
追いかけるに目を細め

見えなくなるまで手を振った


夜の空を明るく照らす月から
静かに降り出した粉雪が

廻る記憶を優しく飾る



「幸せになれよ……」



一人空へと呟いて

浮竹は静かに目を閉じた











十番隊では隊主試験が終わった知らせを
受けた隊員たちは
夕刻よりずっと隊長の帰りを

今か今かと待ち侘びていた


の姿を見つけるや否や
隊員達はの元へ、すっ飛んで来る


無事を確認し、一同に安堵の声が上がり
中には泣き出す者さえ居る


「あのね、みんな、ちょっと待って…」


は苦く笑いながらも
皆を宥めて、落ち着かせると

自分はもう、十番隊の隊長ではない事を告げた




「えっ?じゃあ新しく着任なさった方は、どちらに!!」

「どなたが隊長になられたのですか?!」



一斉に周りを見渡す隊員たちの視界には
目線より下の冬獅郎が入っていない


冬獅郎は、ようやく重い口を開いた




「隊長はこっちだバカやろう…
俺が今日からこの、十番隊を率いる
…日番谷冬獅郎だ!!
詳しい説明は引継ぎが終わった明日、また改める」


隊員達の全く予想通りの反応に
すっかり諦めた冬獅郎は

隊員たちの信頼はこれからの仕事で
埋めて行くだけの事と

うんと自分に言い聞かせて


まっすぐに背筋を伸ばし
十番隊の紋を背負った羽織を翻す




「行くぞ!」

「はいっ!」





ほんの僅かな期間だが、自分達の隊長として
絶対的な信頼を寄せたを呼び

もまた、信頼の眼差しを向けて
冬獅郎の後を行く


刀を交えた隊主試験での戦いが
ただの力比べではなかった事を

そんな二人の姿が物語っている



明日改める説明は、どうやら短くて済みそうだ


そんな冬獅郎との姿に

しばし見とれて立ち尽くす隊員たちに
冬獅郎が振り返って、声を上げた




「仕事に影響が出ねえよう、今からすぐに引継ぎを終わらせたい
手の開いている者は皆、手伝ってくれ!」



隊員たちは、互いに顔を見合わせて


頷いた




「はい!!!了解しました」




我先にとお供します、と言わんばかりに
駆け出す隊員たちを見て

は暖かく微笑んだ




雪が止み、まだ冷たい空では朗月が

動き出した二人の時に
優しい輝きを贈る


十番隊の夜はもう少し



長くなりそうだ










  


やっと始まった第三章(四章完結してるのに…滝汗)
今回は特別長くなってしまいました。
二人の周りの人たちのことを
本当はもっと細かく書きたかったのですが
十番隊隊主室から、話が離れていきそうなので
このくらいで…

これを書いてる間に50000hitを迎えました

思えばこの次ぎの話にあたる初裏は、5000hitの時でした。
…長かったですね。ここまで話が追い着くの…
カットした大部分を上乗せしつつ
パワーアップしてお届けしますので、更新までもうちょっと待って下さいね


これから二人の甘い(?)生活を
思い切り書いていきます

2005.12.08
十番隊隊主室 一片