「松本副隊長!我々ではもうこの場は持ちません!
至急、尸魂界へ応援要請を!!!」





あれから五年経った現世での事


常識を超えた、未曽有の虚


この度重なる出現に

席を持たない死神だけでは
対応しきれず

隊長、副隊長率いる部隊が
駆り出される事も
少なくは無かった


地に這いつくばって、蟲の様に蠢く

異形の巨大虚


仮面が外れかかり、下の姿が見えかけているばかりか


斬る毎に分裂し、倍へ倍へとその数が増えて行く



十番隊副隊長 松本乱菊の率いる
席官二名を含む十五名ほどの部隊は
苦戦を強いられた





「我々では無理です、撤退命令を!松本副隊長!!!」




恐ろしく素早い動きと
斬る度に増え続ける巨大虚に
隊員達は焦りを覚える



「唸れ!灰猫!!」


それでも尚且つ松本は
極めて冷静に

増える虚を一体、また一体と
確実に動きを封じて行く




「少しの間でいいから、動きを封じて行きなさい!!」



「しかし副隊長!!」



動揺を隠せない隊員達に
松本は問う



「あんた達が所属してんのは何番隊なのよ?!」


「じゅ、十番隊であります!!」


同行していた第六席は
他の隊員の動揺を振り切るように
高く声を上げる




「そう!十番隊よ。十番隊である事に、誇りを持ちなさい!!!」




松本の声に隊員達は
意気を取り戻し
それぞれの体制を立て直す




「…相変わらずおいしいトコ取りねぇ。来るの遅いわよ」




限りない巨大虚の数に
さすがの副隊長も息が上がって来た所へ




ゆっくりと、穏やかな声が聴こえてくる






「衆生無辺誓願度、煩悩無尽誓願断、法門無量誓願学、仏道無上誓願成…」








戦場には余りに不釣合いと思われる

穏やかな瞳の女性が

言霊を述べて、短刀を抜きながら松本の傍へと
ゆっくり歩みを近づける




「ここまで抑えて居てくれたお陰で、すぐに片付きます。
ありがとう乱菊、皆さん」





目と目を合わす事無く
ゆっくりと松本の横を通り過ぎる



その女性の穏やかな視線は
すでに敵を捉え遠く先を見据えていた




死神が纏う死装束は通常、激しい戦闘に備え

動き易い様に袴で有る事が常識だった

しかし彼女だけは例外だ
なぜなら彼女には

動き回る必要が無かったからだ




すらりとした体格が伺える
袴ではない普通の形をした
漆黒の着物





その上には袖の無い
膝丈ほどの白い羽織



背には十番隊の紋



着物の襟元から覗く
真白のうなじの上には
まとめられた髪の後れ毛が揺れる


そこに居ると言うだけで気高さが伝わる
小柄で有りながら
凛として女性



その姿を目にした虚はその場から
触手一つ動く事を許されなくなる


一歩、また一歩と巨大虚に向け
歩みを進める彼女が
通り過ぎる道には


やわらかな陽射しにも似た
黄金色の炎が揺れる



それはすべて彼女から生み出される
押さえきれない霊圧が溢れ出した物だった





副隊長である松本でさえ
近くでその霊圧にあてられ
暫く動けなくなったが、同様に固まる隊員達に気付き

早急に避難を促がす





「あんた達も早く!出来るだけ遠くに下がって!!
隊長のあれに巻き込まれたら…」



赴任したばかりの第六席は、答えに怯えながらも
松本に問う


「巻き込まれたら…?」



にっこり笑った後松本はすぐに
真剣な表情に変わって叫ぶ



「召されるわよ!!!」


「めっ?!めさっ?!?」



思わぬ回答に、そこに居た隊員全員が
蜘蛛の子散らすかの様に
一斉に避難する




「さっさと退きなさい!!鬼道に長ける者は全員で防御壁を張って!早く!!」




無防備に避難している間に
とばっちりを食わないとも限らない

松本は隊員達の防御に加勢した




「端倪一切烏有に帰し、四弘願いて流転に熾りなさい…」





身動きが取れなくなった巨大虚の親玉の前まで来ると

地を這う炎は十の文字を背負った
女性の抜刀した刀に集まっていく





「大丈夫、この子の炎はあなたを導く為の物
熱くは無いですわ…」





女性は巨大虚に静かに告げる


あたりに張り詰めていた霊圧が
一瞬消えた
松本は、はっとして隊員たちへ声を張り上げた



「来るわよ!!」




次の瞬間

十番の文字を背負った女性の
目付きが鋭いものへと変わった






「天涯に舞え…凰華!!!」






呼び声と共に現れた巨大な鳳凰が
巨大虚を貫いた




「ありがとう、凰華。お戻りなさい」



あまりに一瞬の出来事に
初めて目の当たりにする隊員すべてが
息を呑んだ




巨大虚は黄金色の炎へ僅かに
包まれた後分裂したものすべてが同時に消えた




「松本副隊長…あれは・・・・・・・・」




はためく羽織の間から
無数の青白い炎の玉のような物が覗く

やがてそれは女性の頭上を超え
空へとゆっくり昇って行く



そこにいた者達は皆
その何とも不思議な光景を
ぼんやりと見守っていた



「あんた初めて見るんだったわね?うちの隊長は
ああやって、虚を浄化しちゃうのよ。」


始めてみるその光景に
一体何が起きたのか、理解出来ずに居る第六席に
松本は得意げに笑って答える





「ちょ、ちょっと待って下さい!
一度虚と化した者は二度と戻らないんじゃ!?」




浄化が何を指すのか、松本の言わんとする事は
第六席にも理解出来た

おそらく尸魂界へ送るのではなく



虚が食らった魂含めて、丸ごと現世へ転生させたのだろう



どうやって?!と聞きた気な第六席に
松本は、魂へと姿を換えた巨大虚の欠片達を
見送る女性へと視線を変えて、誇らしげに微笑んだ



はね…それをやっちゃう人なのよ。だから、うちの隊長やってんでしょ?」



他の者が敵わぬ力を持つ絶対的な存在



護廷十三番隊における各隊主



それぞれの持つ力と能力は違えど
その力に畏怖を覚えると同時に

第六席は我が隊の主に
力の中にある別の何かを察して
自分の心まで浄化されたような気になる




優しい炎を心に纏う美しい女性






「穏やかな…炎ですね」


「転生後悔い改めなければ、即地獄行きのオマケ付だけどね」




夢心地に見とれる第六席と他の隊員に向け
松本はその美しさの裏にある
恐ろしい棘について説明を加えておく



「!!…それにしても、始解であれなら卍解って…」


「私もまだ見た事無いんだけど…考えたくないわね」



一同、隊首を怒らせたりしない様
まじめに働こうと、心に誓う



すべての魂が昇るのを見送って
隊首と呼ばれた女性は振り返って微笑んだ




「乱菊、皆も、任務は終わりました。さあ帰りましょう」



「さっさと撤収!!」





「「は、はいっ!!お疲れ様でしたー!!」」



今まで固まっていた隊員達が、
颯爽と整列し敬礼するのを見て
松本はやれやれと笑った



「ふふっ、皆さんお疲れ様でした。ゆっくりお休み下さいね。」



「さー帰って飲むかぁー。…あっ!、今夜だっけ?」


思い切り背伸びをして、松本は
はっとして何かを思い出す
はその問いに静かに頷いた


から飲みに誘うなんて、明日雪でも降るんじゃないの?」


「ふふっ、そうかも知れませんね」




そう言って空を見上げたの隣で
給料日前で食べるのに困ってそうな知り合いを
懸命に考える松本が居た










「修兵でしょ、吉良もね。後、恋次に一角…飲み仲間と言えば京楽隊長、
あ、これつれて来るなら七緒も一緒じゃないと不味いわね
後は勇音…あーこれは卯の花隊長に怒られるから駄目と、……」



















   


ようやくここまで来ました。
しかし最後の最後まで、踏んだりけったりの日番谷君は、またもや不在
このままでは簡単に終わらせて上げません。(ほんと、ごめんね。)
乱菊との関係を書きたかったのでこういう展開になっちゃいました。
日番谷君不足は、30000hit記念裏で解消して下さいませv

五年後に待つモノ