相まみえず
見間違えるはずが無い
体中の霊子が記憶している




遠い冬の日、感じた小さな霊圧と
今、目の前にいる少年が開放した斬魂刀の霊圧は

間違いなく同じ物だ



輝く白い結晶が降り注ぎ



眩い光の中に生まれた氷の刀





瀞霊廷を超え刀を託した
思いを寄せた者の名は



冬獅郎



たとえ姿は、小さな少年だとしても
そこに居る者がにとって
どれほど深い感情の意味を持つ

誰かと言う事を


抑えていた感情が爆ぜて知らせる





「あれ?ルキア、私の隣って浮竹隊長じゃなかったっけ?」

「え?あっ!ちょ、ちょっと浮竹隊長?!」


乱菊の隣から、忽然と姿を消した浮竹が
ルキアの止める声も空しく

冬獅郎の前に、飛び出した


「う、浮竹隊長?!」

「あ〜あ、あいつ…」




へと向けられた氷の龍は
一本の刀によって跳ね除けられる






「…どけよ。邪魔だ」



突然目の前に現れた白く長い髪の男に
冬獅郎は一瞬驚いた顔をしたが
たじろぐ事無く氷輪丸を構え直す



「退くものか!!」




を庇う大きな背中は
僅かに震えていた


浮竹は両手を鞘にかけ
静かに刀を解き放つ










波悉く我が盾となれ


      雷悉く我が刃となれ…





双魚理





浮竹の声によって、一本の刀は
二刀一対の斬魂刀へと姿を換えた

冷気に満ちた場内の空気は
深く重い霊圧が薙ぎ払い
蒸気となって消えていく




「双魚理…十三番隊長が何の用だ?」



「冬獅郎君。俺の斬魂刀が、なぜ対で在るか解るか?」





どんなに多くを背負っても
笑う事で得られる幸せを教えた

どんなに大きな傷をこの心身に背負っても
その微笑に救われた


が幸せになるのならば
笑って見送ってやろうと誓った




「二刀を手にした俺自身が、盾となり刃となって
大切なものを護り、戦い抜く為だ!!」




、現世で見つけたお前は
酷く冷たく悲しい目をしていた


今のお前はあの時と同じ目じゃないか



どうすればお前の痛みを消してやれる?


お前が長く待ち侘びて
想い焦がれた今日のこの日は

傷つけあう事だったのか?





冬獅郎へと向けられた二本の刀を
振り下ろそうとした、まさにその時
浮竹の動きが止められる




「まちたまえ、浮竹君」
「やめんか十四郎!」



両腕を掴んでその場を収めたのは
山本元柳斎国重と藍染だった



「ふぅ〜。お前が召される所だ、後ろ見てみろ?」



二人とほぼ同時に、浮竹の背後へ回り
肩を掴んだのは京楽だ

軽く乗せた様に見える京楽の掌は
浮竹の肩に跡が残るほど
強い力で動きを封じていた

どれほどの勢いを持った強い力で浮竹が
冬獅郎に立ち向かおうとしたのかが
容易に伺える



京楽に促され、ようやく我に返った浮竹が
自らを盾に護ろうとした、が立つ背後へ

ゆっくりと振り向いた



その先に見たのは
燃え盛る炎を身に纏い
開放した斬魂刀である凰華を

浮竹に向け放つ寸前の


の凍りついた瞳だった



…お前…」


「浮竹君、姫君にも覚悟があるのだろう?
最後まで見守ってあげようじゃないか」


浮竹の腕に入った力が
抜けていくのを感じて、藍染は優しく声をかけると
少し離れた観客席へと戻った



「先生はこうなる事を予見して尚、あの日俺に行かせたのですか?!」


の魂と出会いここへ導いた事を

俺は後悔しているのか?

違う、そうじゃない

兄妹のように、時に親子のように
共に過ごした日々を



悔いた事など一度も無い



「何故だ?!何故傷つけ合わねばならん?!
こんな事をさせる為に、俺はを護って来たんじゃない!!!」




崩れてしまうくらいならば

何も変わらずに居ttればいいと
続けたこの関係を

失うのを恐れ
ただ護ってやる事だけで



「しかと見届けてやれ十四郎」

師は弟子に、たった一言悟りを送って
何事も無かったように、元の席へ
静かに腰を下ろす





逃げて来たのは俺自身だ





「くそっっ!に何かあったら…俺は君を許さんぞ!!!」



体中から湧き上がる
怒りと何か別の物が複雑に交じり合った感情を
あたるように吐き捨てて
浮竹は京楽に、立会人席へ連れ戻された



「あ、あの浮竹隊長…」



「しっ!駄目よルキア、今は話しかけない方が身の為よ?」


いつだって笑顔を絶やさない上司が
始めてみせる錯雑な感情に
心配せずには居られないルキアを
乱菊が止める


ルキアを止めた乱菊とて同じ
こんなに冷徹なを目にした事は無い

魂送や虚を斬る時でさえ慈愛を送っていた

今、目の前に居る
まるで別人のように見えてしまう





「始めます。冬獅郎さん」





表情の変わらないまま、が発した言葉と共に
を纏う炎は螺旋を描いて迸り

冬獅郎の周りに出来た氷を
水滴になる間も無く消して行く



「炎熱系と氷雪系ですか。全く相性が合いませんね」



立会人席に京楽と共に座る七緒だけが
一人冷静に試験の行方を見ていた



一歩も動く事無く、の右腕だけが
ゆっくりと天をかざす

そこから零れ落ちた炎が
空へと向けられた指の先に集まり

やがて尾の長い炎の鳥へと姿を換え
冬獅郎へと放たれる




迫り来る炎の波を冬獅郎も同じく
微動もせずに氷輪丸で跳ね返した






「…気が合いませんわね」


「変わらねーな、お前は…そんな甘い物じゃ
俺は、融けねえよ!!」


より先に冬獅郎は、高く上へと跳んだ
振り下ろしされた氷輪丸が

強度を増すために結界内の空気を
凍らせて巻き込みながら
へと牙をむける



冬獅郎を見上げる事無くは、瞬時に
燃え盛る扇に、姿を換えた斬魂刀を

空に掲げた右手一本で弾き返す




息つく間も無く、幾千の槍となって
の元へと降り注ぐ氷の刃を


やはりその場から、一歩も動く事無く
全てを扇で弾き落としていく


それはまるで炎の中で舞を踊るように



静かで緩やかに




「浮竹隊長…これが隊長格同士の戦い…
…なんて…なんて……」



悲しいほど美しかった


ぶつかり合った氷と炎は
それぞれ消える事無く欠片となって
あたり一面に降り注ぐ


ここに居る誰よりも、痛みを胸に押し殺した浮竹が
霊圧に押し潰されない様に
防御壁をかけてまでここへ連れて来て
ルキアに見せたかったもの


気高く美しく強い中に有る

の痛みが流れ込んで来る気がした




「朽木、この戦いは二度と見れん…焼き付けておけ」


「浮竹隊長…解りました」



どんな思いで二人を見ているのだろう
ルキアは居た堪れない気持ちになった

きっと誰もが責める事の出来無い想い
上司が目を逸らしたならば
変わりにすべてを見届けよう


いつだって笑う上司の隣に居た



姫君が舞う姿を







「衆生無辺誓願度、煩悩無尽誓願断、法門無量誓願学、仏道無上誓願成…」







「…七緒ちゃん、今の所やくして?」


すべての攻撃を受け流しながら
発するの言葉を
京楽は七緒に解説を求めた

難しい顔をしてを見守っていた乱菊も
二人の会話に聞き耳を立てた


「ええっ!統学院で何を勉強なさったんですか?!
四弘誓願文ですよ!!」


よくそれで隊長になれたものだと
呆れる七緒に
乱菊が追い討ちをかける


「がんもどきが何?酒のアテ?」


「どうやったらそうなるんですか!!あなたは?!」


食べ物と勘違いした様子の乱菊に
大きなため息を吐いて、七緒は
いつも持ち歩いている一際分厚い本を開く



「多くの人々を悟りの彼岸に渡し、無限の煩悩を全て滅して
計り知れない教えを学び、限りない悟りを成就したい
大いなる決意です」


そういい終わると本を閉じた七緒に


「なんだぁ。食べれないのか、つまらないわね」


と、興味のそれた乱菊が一言
七緒はこの分厚い本を思い切り
乱菊に向けて、投げ付けてやろうかと思ったが
険しい顔の京楽に気付き
何とか思い止まった



「京楽隊長?」


「……」


七緒の問いかけにも京楽は無言だ

険しい視線の先に有る
何かをその眼に捉えた


氷の矢となり降り注ぐ
僅かな間に隠れていた氷の龍を
瞬時見逃す事は無い


右手に持つ扇は再び、炎を纏う大きな翼に形を変えて
氷の龍から身を護ると

結界の際まで高く舞い揚がった



、お前には迷いが有る。そんなんじゃすぐに殺られるぜ?」



払い除けて、遠く離したはずの冬獅郎の声が
極めて近い場所に聞こえた



斬魂刀を持つの右腕から
金属の擦れる音が鳴り

手首の下で、ずっしりとした三日月がゆれる



氷輪丸の柄から伸びる鎖が
の腕を手錠の様に、きつく捲きついていた



冬獅郎は、はっとした
鎖ごとこちらへ引き寄せて


指先でほんの少し、頬に触れた




「五年前、凰華の背に乗って俺は
全てが思い出せた。…だからここまで来た」




「…わたくしは、あまりに多くの事を知りすぎました
あなたを導いてしまった事を…心底後悔していますわ!」



溢れる霊圧が作り出した冷気によって
冬獅郎の手は冷たく
の纏う炎をより熱く感じさせる




「ここに来れた事を一度だって悔いた事はねえ!
俺はむしろお前に感謝してるぜ!!」



そう言い終えた瞬間冬獅郎は地に叩きつけられた


冬獅郎が退いたのではない
燃え盛る炎が、鎖を僅かな煤に換えて
の高まる霊圧により生まれた熱風が

冬獅郎を吹き飛ばしたのだ



会場を敷き詰めた石板に、刃を突き立てて
飛び散る火の粉をあげ摩擦を起こし
冬獅郎はようやく止まる


場内の床を這う、刀の通った大きな傷跡は
がどれほどの力で冬獅郎を圧し飛ばしたのかを

皆にむかって鮮明に知らせた







「嫌に暑いわねえ?今日のは。どうしちゃったのかしら?」

そういって、どこから取り出したか
団扇で胸の谷間を仰ぐ乱菊だったが

表情だけは珍しく真面目だった




眉をひそめたまま、暫く何も言わなかった京楽が
浮竹にぽつりと質問を投げかける



ちゃんの卍解を見たのは
確かお前だけだったよなァ、浮竹?」


「…ああ。習得した日に祝ってやろうと見に行った。それが何だ?」




立会人の二人は、互いに顔を合わす事無く
会話を続けた




「その時の情景を覚えているか?」


「ああ…恐ろしく凄まじい破壊力だったからな
使用を禁ずるようすぐに上へ進言したよ。」




京楽が僅かに横目で浮竹を確認する


「まあ破壊力は山爺譲りだからなァ。…だが、それだけだったか?」


「あいつの卍解が通った物、全てが跡形も無く
そっくり消え去ってしま……っ!!まさか、あいつ?!」




何かを案じて立ち上がった浮竹を
京楽が止めた



「お前が知っている事を、あの爺さんが知らん訳無いさ。
知っててやり合せてるのなら、何か考えが有る筈だろ?
まぁもうちょっと見守ってやるかねぇ、浮竹」



止めては成らん


止めなければ成らん



の想いは…


俺が思っているよりきっと
痛いはずだ



今はまだ動くな



浮竹は歯を強く噛んで
再び飛び出してしまいそうな身体に
厳しく言い聞かせる



の火も困ったもんねぇ、暑いったら無いわ。
ルキア、扇いでくれない?」


こんなところで着物でも脱がれたら
やっと見つけた気がする自分の目指す何かが
あっさり崩されてしまう

痛みを背負ってまでここへ連れて来てくれた
上司に申し訳が立たない

ルキアは汗だくに成りながら
渋々乱菊を仰いでやった





氷輪丸を持つ腕を、瞬刻庇った
冬獅郎の左腕から肩までの

着物は跡形も無く焼き消され



その手は紅く染まっている



「…それでいい…



滴る血液を、強く振り払い
冬獅郎はゆっくりと目を閉じた








熱い…








なァ、氷輪丸





あいつの凰華はお前とよく似てるぜ?











酷く冷たい輝きを放つ

月の地獄へと


堕ちて行った者達は





凍て付く傷を受け


自らの血で


紅色に染まる蓮の花を、その身に咲かす






決して相見える事の許されない
の斬魂刀凰華



気付かないなら俺が教えてやればいい


その為に俺は…




ここまで来た!!!






「あ〜暑い…暑…ん?……寒い。
あ、あれっ?なんで??さ、寒!!」


「えっ…?!」

乱菊とルキアに流れた汗が
一瞬にして消える


吐き出す息が、白い


ルキアは凍ったように固まった



その向こうには壁しかない筈の
観客席の後ろから
大量の水が流れ込み
まるでそこが海で有るかの様に


津波となって押し寄せる


京楽と浮竹が二人揃って
七緒、乱菊、ルキアの後ろへ立ち
鬼道によって部下達を護っていた

危うく流される所だったと
女三人が安堵したのも束の間


津波の通った水の跡からは
鋭く尖った氷が床を突き破って
次々に聳え立って行く





冬獅郎から溢れ出す霊圧が
何も無い場内に大量の水と氷を作り出し
轟音を響かせて

再び冬獅郎の周りを囲んだ




冬獅郎自身も刀を持つ腕から
髪の先までが徐々に凍りつき


ただ静かに呟いた言葉は

重い霊圧を最大に開放させる

















  …卍解



       大紅蓮氷輪丸…












呟く声は掻き消され
冬獅郎の背には巨大な氷の翼が現れた

氷の龍は冬獅郎の右腕を飲み込んで
身体中を鋭い刃に換える



大きく一度仰ぐ冷たい翼は
敷き詰めた氷を小さく砕き

黄金色のの炎と共に巻き上げた


小さな羽根になって、落ちるの炎を
砕けた氷が包み込むと
ひとつ、またひとつと消して行く




花弁と雪が、共に空から舞い降りる




そこに居た誰もが
そんな錯覚を起こしてしまう






「来い…相反するお前と俺だからこそ
一対で有ればいい!!」









静かに降り注ぐ氷の結晶を見上げて
は落ちて来る欠片を、そっと
両手に受け止めた



形を見る間も無く
すぐに消えてゆく結晶に

の表情は一瞬僅かに変わったが

すぐに瞳を閉じると、白い息を大きく吐き出して
冬獅郎の方へ、ゆっくりと歩き出した






「総願誓えぬ道ならば…永劫涅槃に帰するだけですわ…」






一歩、また一歩と踏み出すの歩く道は
聳え立つ氷の柱さえ
何も無かったかの様に消えて行く




「七緒ちゃん今のも解りやすくし…て貰うのは無理そうだな…」



京楽の鬼道に護られているとは言え
一副隊長が二人の霊圧に押されない訳が無い
ルキアや乱菊も同じ事

そこから目を逸らさずに居るだけで
震え上がる正気を壊さぬように精一杯だった


困った顔になる京楽の背後から
穏やかな声が意味を教える



「叶わぬ悟りであるならば、永遠の死に帰すと言うのか…」



「ん?…藍染か」



京楽が振り返った先に居た藍染は
いつにも増して真面目な顔をしている




「彼女を止めるにせよ、そこの彼を止めるにせよ
ここからの方が役に立てると思ってね」



そう言うと藍染は浮竹の方へ
視線をむけた



「永遠の死に帰すだと…?」



藍染の言葉は浮竹の記憶を
再び鮮明に呼んだ


が自分に見せた卍解
貫く物の全てを、すっかり綺麗に消し去った

から今出た言葉は
決して自分の憶測などでは無い




「色… 受… 想… 行… 識…」



「もういい!やめろっっ!!!」


浮竹の叫びは、結界を覆う氷の壁に高く響く


言霊を発しながら
は背中に大きな翼をゆっくりと広げていく



っっっ!!!やめろ!離せ藍染!
俺はあいつを止めてやらねば!
あいつは自らの手で…くそっっっ!!」



今ここで止めなければ

もう二度と、微笑むお前を見る事が出来無いだろう



輪廻を促す凰華は
卍解により解き放たれて

永遠に廻る事なき『無』へと導く者へと換わる


愛する者を自らの手で
永遠の別離へと導こうとしている


あの少年は言った



「相反する者だからこそ、一対で在ればいい」と



、お前を護るためなら
俺は犠牲になればいいと思って来た

けれどお前の想う相手はそうじゃない



俺がしてやれなかった事を

成し得る為、お前に刃を向けて

お前と共に生きる為に
ここに来たんだ




俺は止める事さえ許されないのか?



、お前はなぜ知っていて別の道を望むのだ




「来るぞ!今は部下を護ってあげる事が先決だろう!」





柔らかな炎は朱色に換わり、やがて
ゆらゆらと、悲しいまでに深い蒼に染まってゆく


消えかけた魂が最期を迎え
燃え尽きる前の命の火に似て

儚く切ないほど美しく見えた






「五盛陰苦虚無へと還れ…

 …卍解



       大焦霊鳥――――空帝――」







「空帝か…なるほどお前らしいぜ、全く」




の言霊と共に姿を現した
蒼い霊鳥をまっすぐ見据えた冬獅郎は
先ほどまでの険しい顔ではなく

至って穏やかに呟きをもらす





「溶かさなきゃならねえのは俺じゃない。
お前の…心だ!!」



揺らめく蒼い炎の霊鳥が啼く
殊更に悲しい声は

結界を超えて尸魂界全土にいつまでも響いていた







  


始めに用意していた物に、かなり加筆しました。
すべては愛ゆえに…
長い小説を読んで下さって、本当にありがとうございます。
残す所あと1話。
最後までお付き合い頂ければ幸いです。

2005.11.19
十番隊隊主室 一片でした