霰降る空の下



間も無く年が変わるころ
冬獅郎とは小高い丘の上で二人
肩を並べて夜の街を眺めていた




「お爺様って、冬獅郎さんに優しいのですね」

「……」



から、振られた言葉に無言だったのは

それは俺に優しいんじゃなくて
お前にだけ甘いんだと
言い返しそうになったからだ


年末年始と言えど、休みが有る筈も無い
死神と言う職業

誰よりも部下を思い

隊長自ら率先して働く事で
皆のやる気を駆り立てた



しかし冬獅郎の働き過ぎを
が心配しない理由も無く


せめて年を越す僅かな時間


冬獅郎をゆっくりさせてやりたいと
総隊長に申し出たのだ



総隊長が二人に出した任務は
年が明けるまでの時間
十番隊管轄区の安全管理と言う名の

現世滞在許可


ほんの僅かな時間だとしても
尸魂界で過ごすよりは
よほど静かに新しい年を、迎えられるだろう



「乱菊達は、お仕事頑張ってるかしら」

「……」



間違いなく、さぼって飲み明かしているだろう
考えただけで頭が痛くなりそうだ


そんな冬獅郎からの返答が無くとも
は嬉しそうだった



二人が座る丘に
除夜の鐘が優しく響く




「綺麗な音ですね、冬獅郎さん」



「…そうだな」




二人でこの音を聞くのは
一体どの位ぶりの事だろう



眼下に広がる町の明かりを
虚ろに眺めながら

冬獅郎はぼんやりそんな事を思う




「百八つ…聞き終わる頃には、心洗われそうですわ」



煩悩が祓われていく、そんな気持ちになれる
鐘の音一つ一つに
は目を閉じて、静かに耳を傾ける




「俺は百八つもいらねえよ」



「…え?」




景色を見詰めたまま
ぽつりと呟いた冬獅郎の言葉に

は瞳を開いて、小さく首をかしげた




「六根の不同が煩悩なら…染は無くていい」



感覚を司る舌身眼耳鼻
ぞれぞれに好悪平や浄、染が有り

それらが煩悩ならば


お前が居る、それだけで
俺の中の嫌悪の情も
不浄に染まる事無く、いつだって洗われる



雪のように白く澄んだ心
それはの心であり

冬獅郎が傍に居るから


いつだって


の心は澄んでいられる



冬獅郎の言った言葉の意味を悟り
は柔らかに微笑んで
空を見上げた


いつもより明るい空からは
ゆっくりと小さな氷の粒が舞い降りる



「あ…雪…これ冬獅郎さんが?」


冷たい空に、白く細い手を差し出して
は少し驚いた顔を
冬獅郎に向ける




「俺じゃねえよ。あとそれは…霰だ。馬鹿



雪と霰の区別が今ひとつ
分かって居ない様子の

冬獅郎が繭を顰めたのも、ほんの一瞬の事




「ほら、こうすると金平糖みたいで綺麗…
尸魂界に持って帰れたらいいですのに…」




は、胸元から出した手布を広げて
降り積もる霰を受け止めていく


まるで、子供の様な微笑みを浮べた後


粉雪ほど、すぐに消えずとも
尸魂界に帰る頃には
融けてしまうであろう氷の粒に

過ぎ行く年と同じ様な
儚さを感じて

は少しばかり、寂しそうに笑う




霰くらい、いつだって
自分が降らせてやると言いかけて



「…



冬獅郎は外方を向いて、の名を呼んだ



「はい…?」


「………」


「冬獅郎さん?」




は呼んでおきながら背を向けたまま
黙り込む冬獅郎を
不思議そうに見詰めた



年が明ける最後の鐘の音を
聞いた二人
長い沈黙の後

冬獅郎は、夜空に白い息を吐いて
今年の願いを静かに告げる





「今年も……ちゃんと俺の傍に居ろよ、




冷たい氷の粒が注ぐ丘で
その背中は、とても温かい心を運ぶ





「…はいっ!」




見詰める先は過去ではなく
二人共に歩く未来



どうか今年もあなたの心がいつだって

幸せであります様に




死神と言う名の神に
一年の願いを乞う元朝



霰降る空の下

鐘の音が響く後で






  

一年の締め括りに、不親切小説をお届けしました(汗)
2006年はもっと精一杯頑張って
書いて行きたいと思います。
こんなサイトですが、2006年もどうぞ宜しくお願い致します。

2005.12.31 一片でした