婚約者?
夜一は我が耳を疑った

自分がまさかと思った事を、遙かに通り越している

目の前に居るのはどう見ても子供だ

夜一の疑問は浮竹へと
救いを求められる





「……浮竹、こやつに婚約者と言う
言葉の意味を早う教えてやらんか!」



「許婚とも言うな。まあ、婚姻を約束したに過ぎんさ
まだ籍は入れてない状態だ。な、冬獅郎君。」


「馬鹿にしてんのか?」


静かに呟く警告と共に
冬獅郎は反射的に、足元に置いて有った
氷輪丸の鞘を掴みかかる

すぐに気付いた
そっと冬獅郎に掌を重ねて止めに入る





冬獅郎とが重なる掌の下で
氷輪丸がの胸元に収められている凰華に

反応し僅かに共鳴した



ほんの一瞬の変化だが
夜一が見逃す事は無かった







が初めて凰華を纏って天を舞ったあの日

瀞霊廷に戻ったに混ざった
別の何かの霊圧に、違和感を感じた



今僅かに捉えた斬魂刀の共鳴は



確かにあの時と、同じ物だった




夜一の疑問は確信へと変わる



「そう苛立つな、冬獅郎。お前に間違いないと今解った」




…なるほど
、お前があの時向ったのは
こいつの所だったんじゃな…




夜一が納得したのに喜んだ
眉をしかめて外方を向く冬獅郎に
嬉しそうに微笑みかける



しかし夜一に新たなる疑問が浮上した



「それはそうと、冬獅郎。…何故その姿を元にもどさぬ?」


「は?」


「夜一お姉様?」


冬獅郎とは夜一の
言わんとする事の意味が理解出来ずに

二人は同時に疑問符を浮かべる





「霊圧は十分過ぎる様じゃから、回復を待っている訳では無かろう?」



冬獅郎の頭に、嫌な予感がよぎる




「何かのせいで戻れんのなら、に使ったのと
同じ物を、貸してやろうか?ほれ、遠慮するでない。」



そう言って、の身体を
戻したときと同じ様に
髪紐を解き、冬獅郎へと差し出す




夜一の得体の知れない
髪紐の効果を恐れて

冬獅郎は差し出された手を、反射的に避ける


避けられた夜一は大人げ無くも
少々むっとなる


両者無言のまま、間合いを取りだし
受け取る受け取らないの
暗黙の戦いがじりじりと、始まろうとしていた



が、それもこのお気楽な男の
明るい声によって止められる




「何言ってんだ、夜一。俺らはこれが普通だろうが。」






四楓院家の血を引く者以外の
すべての者が
変身出来る特異体質が有るのなら

俺なら健康で若い姿にでも、なっている

浮竹がそう思いたくなるのも
無理は無い




「は?始終…小さいままか?」




「のべつ幕無し、小さなままだ。な、冬獅郎君。」



納得が行かず聞き返す夜一の質問を


勝ち誇った子供の様に
笑って答える浮竹に


冬獅郎は反論出来る事実が、他に無い

已むを得ず、吼えて牙を剥き返す




「小さくて悪かったな!!!」



小さいままで居てくれた方が
こちらは何かとありがたい、と
にこにこしている浮竹に冬獅郎は
軽い殺意が含まれた視線を、ぶつけていた





「どういうことじゃ…………」


「あ、あの、姉様」


おろおろとするを余所に
長い沈黙の中、夜一の顔が見る見るうちに
嫌悪に満ちた表情へと
変化して行く

繭いっぱいに皺を寄せて
夜一は浮竹を
下から顔を覗き込むようにして睨んで、一言



「おい浮竹、お前が付いて居ながら、一体どう言う事だ…」

「は?」



今度は浮竹が、大きな疑問符を浮かべた
自分のせいで冬獅郎が
小さくなった訳では無い筈だ

しかし、夜一の語調は
自分が冬獅郎を小さくしたのかと
錯覚しそうになる


慌てて首を振る浮竹だったが



先ほどの首筋に見つけた

薄紅の華に似た印の跡が、夜一の頭を過り


納得行かない夜一の怒りの矛先は
隣に座っていた浮竹へと向けられ
浮竹の襟元を
両手で掴んで締め上げる




「儂の妹は何時から、こんな幼子に手を出す娘に育ったんじゃ!
ああ?お前の影響かっ!?」



何を言い出すんだ?この頓馬なの姉は?!と
目眩を起こしそうになりながら嘆く浮竹


姉の怒りの理由が解らず、子供のようにきょとんとする


呆れて物も言えずに、頭を垂れて
ため息を吐き出す冬獅郎



納得のいく説明を、さあ吐け!と言わんばかりに
闇の中で反射する猫の瞳の様に
夜一の目が光って浮竹を脅す



さすがの浮竹も、こればかりは納得行く物では無く
締め上げられながらもどうにか
言葉を発し夜一を嗜める



「お、おい!ちょっとまて夜一、手を出すとはどういう事か
聞き捨てならんが、が自分で選んで決めた相手だ、背格好は関係ないだろ!」


詰め寄る相手を間違えた事に
ようやく気付いた夜一は
なるほど。と言う顔をした




「確かにそうだな…」





夜一が手を離すと、浮竹は咳き込みながらも
目を細めてを見つめて
やれやれだなと

苦く笑って見せた


夜一は再び冬獅郎の前に座ると
鋭い目付きで冬獅郎を見詰めて
静かに問いかける




は…王族からも四楓院家からも、籍を抜かれておった。
これが何を意味するか解るか?冬獅郎」



「姉様、それは!」



静かに見守っていただったが
堪らずに声を割って入る
しかしそれは、静かにの肩に手を置く
冬獅郎によって止められた




冬獅郎の瞳が
真っ直ぐに夜一へと向けられる







「俺がそう望んだ事だ」



「…そうか。じゃが険しい道じゃぞ?」





今一度聞き返す夜一の言葉を受けて
冬獅郎の霊圧は無意識に高鳴り

室内全体へ迸る










「自らに誓いを立てた…共に生き抜くと」



「…冬獅郎さん…」






冬獅郎のたった一言は
誰も口を挟む事など出来無いほど
硬い信念を貫き
夜一に突きつける物であった



大人よりも大人の意思を持ち

大人より大人の誇りを持って






を護ると言う事か―







冬獅郎の隣で
張り詰めていた、この部屋の空気を
やわらかな霊圧で包みこんで
微笑む
これ以上の答えは無かった




、幸せそうじゃな」


「はい。冬獅郎さんのお陰で、はとても幸せです」


「他には何も望まぬという訳か」


「ええ。」



頬を桜色に染めて
にっこりと微笑んで答える

夜一は安心した様に目を閉じて
そうか、と言って穏やかに笑った




この二人のやり取りに
気恥ずかしさに耐えられず冬獅郎は
先ほどと同じ様に縁側に移動して
夜空を見上げる


「杞憂にすぎんかったな
失敬を詫びておこう、冬獅郎、



夜一は冬獅郎の背中と
それを見守る
陳謝を述べる



秋がそこまで来ている真夜中の風は
少し肌寒い位で
冬獅郎には心地良かった



ぼんやりと月かかる雲が流れるのを
ゆっくり見る間も無く

冬獅郎の肩に、浮竹の大きな手が乗せられる






「で、今回も戦いに参加させなかったはずの
跳ね返りを受けた理由を聞こうか?冬獅郎君」



傍杖を食らい
殴られるは蹴られるはの挙句に

二人の幸せさを
当て付けられた浮竹は
ささやかな仕返しを、試みたのだが



「俺が藍染から受けた傷の回復に
が霊圧をすべて注いでくれた」


との冬獅郎の答えに
浮竹が凹む要素への、追い討ちをかけた
結果となった




「ほぉう。で?」


夜一が二人の間に座って
興味深げに話に入り込んでくる



「…すまないと思ってる。」


一応仮にも、の親族で有る夜一に
冬獅郎は素直に申し訳なく思い
侘びを述べる


が、浮竹と同じ質問を夜一はもう一度
意味有りげに聞きなおす




「で?何故、'跳ね返り’を受けた?」



「だからそれは今、言ったろ。」

「それだけかのう?冬獅郎。」


にやりと笑って幾度も訊き帰す夜一に
すべてを見透かされている様で
冬獅郎は目線を逸らして、言い捨てる



「それだけだっ!!」





「詰まらんのぉ〜
『お姉さん、さんを俺の嫁に下さい』
とか言われるの待っておったんじゃがな〜」



そもそもは姉の物じゃないだろと
言おうとした冬獅郎を押しのけて
浮竹が夜一の正面向って正座をする

こほんと咳払いをして一言



「夜一さん、さんを俺の妻に頂けませんか…一生大切にします」



こればかりは本気だった浮竹の
あまりに真剣そのものな、申し出に
夜一は面食らったが


少し考えて



「おまえにはやらん!」
「誰がお前にやるか!!!」




と同時に言った冬獅郎と共に
縁側の下へと蹴り落とす



気の毒に思って、駆け寄り
起き上がるのを助ける

優しい手の温もりだけが


浮竹の心に染みこんで救われた気がした





その様子に額に大きな血管が浮き出て
切れる寸前の冬獅郎と

それがの甘い所だと、言い掛けた夜一にむかって


は怒る





「お二人とも、非道いですわ!ご自分よりご年配の方と
ご病体の方には優しくしてあげないと、いけません!!」






十番隊隊主室の縁側付近から
暫らくの沈黙を置いて
二つの大きなため息と、すすり泣く声が一つ

同時にこぼれる事となった














これの続きはあと1話。
思った以上に長くなりました。
文字通り踏んだり蹴ったりの浮竹氏
ごめんね。格好良く書く気力は、
日番谷君でいっぱいいっぱいなんです。
愛はね、愛はあるのよ。
嵐を呼ぶ勘違い姉妹