明日を迎える前に






十番隊隊主室にすすり泣く声が響く中
夜一は月を見上げて
へと声をかける


「名残は尽きぬが、そろそろ行かねばならん」


「…そうですね」



100年の歳月を経て、ようやく会う事が出来た姉と
再び別れなければならない事に
は淋しさを覚える


そんな妹の気持ちを察したのか
夜一は笑ってに声をかける



「なぁに、そんなに心配せんでも
そこの阿呆を置いていってやるから」


そう言って未だに庭の端で蹲って嘆く浮竹を指差した



「いい大人が何時まで馬鹿やってんだ!!
……あぁあああーーーっ!!!
うぜーーーーっっ!!さっさと帰れっっ!!!」



全く帰ろうとする気配の無い浮竹に
冬獅郎は痺れを切らせて

再び、容赦無く蹴りを入れる



冬獅郎の蹴りにより浮竹は
勢いよく跳んで、庭の玄関先へと続く道に有る

水掘れ石の手水鉢に頭から浸かり
怒り返すのかと思いきや

冷たい水に頭がすっきりしたせいか
ようやく、さっぱりと目が覚めた顔をして




「仕方が無い、じゃあ帰るとするか。…」




本気なのだか、やはり目が覚めていないのか
真意の解らない浮竹の言葉に
冬獅郎の怒りは極限に達するが

いい加減、突っ込みを入れるのに飽きた夜一が
浮竹の長く白い髪を掴んで

隊主室の門まで引きずって、連れて行く




「邪魔したのぉ冬獅郎、。また会おう」





怒りの矛先を失った冬獅郎は
どうにもやり切れない気持ちを、大きな溜息に変えて

夜一の後を追うと共に、仕方無く
門まで見送る事にした





「よ、夜一姉様!」



妹を置いて、同第一分隊刑軍総括軍団長の名を捨て

尸魂界を追放された大切な者の後を、追う様に
百年前に姿を消した姉が戻る先は


やはり現世だろう



はどう声をかけて良いのか解らないまま

長い階段を下りる姉を呼び止めた




「案ずるな。現世にはあやつがおる。お前こそ…」



どんなに離れていても、たった一人の妹を思う
夜一の足が止まる



「大丈夫ですわ。冬獅郎さんが居て下さるから!!」



心配が顔に出ていたは、夜一の言葉を聞いて
いつだって姉の傍に居た、浦原の事を思い出し
安心した表情に変わって行く


そして自分の傍にも居る大切な者を心に描いて


姉の心配を余所に、妹はこの上なく幸せそうに笑って答えた



の隣で随分不機嫌そうな冬獅郎を一瞥して
夜一も微笑んだのだが




「……俺は蚊帳の外か」




ぽつりと呟いた浮竹の声に
夜一の繭がうんと皺を寄せる



「いい加減諦めろ。だから何時までたっても
おぬしは一人身なんじゃ」




本日二度目の「一人身」と言う
夜一からの言葉の攻撃に

言い返せない浮竹は
お粗末な仕返しを冬獅郎に向けた




「念を押して置くが、がすぐに脱ぐからと言って
祝言を挙げるまで、指一本触れる事は許さんぞ…冬獅郎君。」




「お前に言われたかねーよ!!!」




僅かな後ろめたさを感じた冬獅郎だったが

何故に、浮竹に後ろめたさを
感じなければいけないのかと、すぐさま考え直して

噛み付きそうな勢いで言い返す




「また二人揃って、飯でも食いに来い。俺もまた遊びに来てやるから」



何故ゆえに勝ち誇ったかの様に
機嫌を直して笑う浮竹を見て


冬獅郎は尚、更腹が立ち
再び浮竹に食って掛かる




「誰が行くかよっっ?!…っつーかもう、来んじゃねー!!!」




何を勘違いしたのか

その様子を見て、二人は本当に仲が良いんなと
嬉しそうに見守るに、夜一は軽く手を振った後


冬獅郎に向って笑って叫ぶ



「若いからと言っても程々にするんじゃぞ〜」




「なっっっ?!はぁあ???…うっせーよ!!!早く帰れ!!!」





まさに全てを見抜いていた夜一の一言で

冬獅郎は顔面を真っ赤にして
一秒でも早く帰れと心底願い、追い返そうと
声を張り上げる

隣で同時に頬を赤らめたを見て

二人の状況を、全く理解出来ずに苦しむ浮竹が
夜一に詰め寄る



「は?夜一!それはどういう意味だ、説明しろ!」




夜一は静かに浮竹の瞳を、数秒じっと見つめた後
何かを悟った様に、にんまり笑うと

浮竹からも、冬獅郎からも目線を外し、天を仰ぐと


ぽつりと呟いた







「知らぬ方が幸せと言うじゃろ?……どちらもな」





「「ど、どちらも?!?!」」




望む望まざるに拘らず、同時に共通の
疑問点を与えられた浮竹と冬獅郎は

思わず揃って聞き返したが

夜一は何事も無かったように、場を去る最後に
もう一度、にその大きな瞳を向けた


およそ、一世紀前の姉との別離のあの日に
言えなかった事を
は精一杯の笑顔にのせて、姉へ送る





「姉様!行ってらっしゃいませ」



「ああ。またな!」




褐色の肌の姉と、雪白の肌の妹を
優しい夜風が明日へと送り出す





しかしこのときの姉妹は、まだ知らずに居た



再び再会を果たすのが


姉と妹では無く




姉と妹の許婚、との再会が
先となる事を…

















「あれは大人の目をした子供じゃったな」


十番隊隊主室を後にして
夜道を並んで歩く

人語を話す黒猫が掛けた言葉に
白く長い髪の男は一瞬驚いた顔をした


「阿呆な男じゃのぅ。やはり気付いておらんかったのか?」

「だから、何がだ?!」

「まあ良い。儂はこれからまだ野暮用が有る。浮竹、明日は頼んだぞ」

「明日は心配無用だ、任せておけ…」




どこか、胃の腑に落ちない様子の浮竹だったが
夜一の野暮用と言う言葉に
心当たりを思い出す




「これから…砕蜂の所か?」

「あやつは、着いて来るだの何だのと
言い出しかねんからのうー」

「……そうだな」


二人同時に目を閉じて、眉を顰めて
長い溜息を吐きながら歩いた




分かれ道の手前

夜一は立ち止まり、浮竹を呼び止め
人の姿に戻ると



とても優しい顔をして

浮竹へ穏やかに言葉を掛ける





の事、改めて礼を言うて置くぞ」




それは今まで浮竹が見た事の無い
夜一の妹を思う姉の顔だった

赤子を抱く母親のように

暖かな瞳


浮竹は夜一の中に一瞬、が重なり
思わず目を逸らし背を向けて
ぶっきら棒に言って返す


「俺がを見守ってやりたい。そう思ったから、そうして来ただけだ」



それを聞いて夜一は、その背中に柔らかな笑みを送って
もう一度、一人静かに心の中で
礼を告げた



「それと浮竹…」

「なんだ?」

「冬獅郎の事じゃが……お前に似とるぞ!」

「髪と名前がだろ?…と言うか服を着ろ、夜一!!!」


いや、性格も姿も親子の様だと
そう思ったが夜一は、口に出さず
また優しく笑う夜一へ、浮竹は羽織を放り投げ


二人それぞれの場所へ帰る







再び静かな夜が訪れた雨乾堂で
浮竹はまた、一人月を見上げる


「たまには、こうして月を眺めて、朝を待つのも悪くは無い」

ほんの少しだけ、酒の入った杯を片手に浮竹は
夜空に想いを馳せる









一方その頃、未だ明かりの点いたままの

十番隊隊主室


すこぶる機嫌の悪い冬獅郎と
大人に戻ったはずのが、べそをかく姿が在った




「…は明日の見送り禁止。ついでに暫く外出禁止!」

「えぇっ!?!何故?!」

「……理由が解らねえなら、解るまで禁止だ!」



先ほどの、浮竹と小さなのやり取りを
未だ根に持って、すっかり臍を曲げている冬獅郎と

その隣で、おろおろする



どちらも子供の様だ




「うぅっ冬獅郎さん…」

「知らん!」





それぞれの想いを連れて


月は太陽へと
ゆっくりと身を委ねる様に
その身を照らす太陽を待ち侘びて

心静かに朝を待つ



それぞれの長い夜が明ける
短くも長い時間








明日を迎える前に


















    

うわっ(汗)第2章完結してないのに、第4章終わっちゃったよ(滝汗)
この4人のお話は、一応これにて終了です。
正直4話に分ける程、長くなると思いませんでした。
沢山のご感想、ありがとうございました。
書いてる本人が一番楽しんでいた為
浮竹氏が酷い扱いで、ほんとすみません。
全ては愛情の裏返しです。

このシリーズをもっと続けて欲しいと言って下さった方々
期待にお答え出来るでしょうか?!
全ては原作に展開を委ねつつ…5章へ!

2005.09.23
十番隊隊主室 一片