霊圧の低下による、跳ね返りを受けて
幼い子供に戻った



の霊圧が回復するまで、俺が責任持って護ります。」



浮竹はそう言って、上層部の反対を
断固として押し切り
雨乾堂へと連れ帰った


部下および同僚、友人は
予想通りの、浮竹の行動に

誰一人止める者はおらず、皆揃って
その様子を楽しんで見守っていた









「う…ん…浮竹さま?おはようございます」


幼いは、自分より遙かに大きな
布団の中で、ぼんやりと眼を覚ます


書机にむかって、筆を走らせていた浮竹は
手を止めると、ゆっくり振り返り
この上なく穏やかに、優しく笑って
の枕元で胡坐をかいた




「まだゆっくり眠っていていいんだぞ?

「おきがえしなきゃ。えっと、こっちが浮竹さまのお着物。こっちがの?」


は警戒も無く、帯を解き
はらりと着物を床に落とす



「……。あのなぁ。」



浮竹は額に手を当て、大きく溜息を吐くと
頭を抱えて嘆く

は裸のまま、浮竹の着物と
自分の着る、着物の大きさの違いを見比べている




「こっちの帯が浮竹さまの?」



「人の前で、平気で着物を脱ぐのはやめなさい。」



「???」



夜一といい、といい、四楓院家の者は
動物に姿を変え、裸で居る事に慣れ過ぎている為か

平気で肌をあらわにする

皆の反応を観て楽しんでいた夜一といい
何故驚いているのか解らずに、きょとんとするといい



どちらにせよ性質が悪い




浮竹はそっと、自分の羽織をにかけ
不思議そうに、浮竹の顔を覗き込む

浮竹は動じる事無く、泰然として悟す





は女の子なんだから、裸を見せては駄目だぞ」

「何故?鳥さんのときはいつも裸…あっ!ハネがあるから?」

「あのなぁ、そういう問題じゃないんだ、好きな人にしか見せちゃいかん」

「すき?……すき…」





本来浮竹にとって、喜ぶべき行動だったが
所構わず、誰にでもされると言うのは大問題だ
誠に不本意では有ったが、自分には責任が有る


は、暫く考えた後
浮竹に飛びついた






「良かったぁ!、浮竹さまのことすきー!」



「のわぁ!!!や、やめなさい!こらっ!!!」



どうせ飛び付いてくるならせめて
霊圧が回復してからの姿の方が、いくらか有り難い

しかし「すき」だと言われ
悪い気がしないのも本音だったが

飛び退いて、早く着替えて安静にする様にと、説得すると
咳払いをして書机に向い
に背中を向けたまま言葉をかける





「霊圧が回復するまで、出来るだけ寝た方がいいぞ」




もう眠くないっ遊びたいですー」


布団の上にちょこんと座ったまま
は大きな布団を掴んで

大きく首を振って駄々をこねる





「ここでじっとしてなさい。大人しくしてないと
良くならないぞ?」


「どうして?、げんきだもん。お外で遊びたいです」


「こらこら、あんまり俺を困らさんでくれよ?」



非常に、説得力の欠けらも感じられ無い
優しい声でを叱り
再び書類に向って筆を走らせる










‘跳ね返り’が、回復するまでの間
の霊圧は、非常に不安定で弱い


浮竹は、雨乾堂を囲む、池ほど大きな堀に
ぐるりと結界を張って、他の物から隔離する事で

を護っていた


眼に入れても痛くないほど、愛しく思える今の
誰の目にも、触れさせたくなかった本音は
他の誰もが 気付いていたが

今更突っ込む者は居なかった



霊圧が、弱まっている今の
普通の子供と、なんら変わらない

外見同様、中身も子供
じっとして居ろと言われて、大人しくして居られる訳も無い




再び書類を、書き始めたも束の間

浮竹は、静かになった背後の
が気になり、振り返って

思わずぎょっとする



雨乾堂入り口から見て、一番奥の

丸く縁取られた窓


そこから外を眺める景色は
向こうへと続く、美しい湖が楽しめた



心穏やかに、療養するには持って来いの
浮竹お気に入りの窓



そんな趣きある窓に、
にょきっと足をかけ
外へと大きく身を乗り出している





「そちら側に、廊下や橋は無いんだ。、危ないからやめなさい」


が声に驚いて、下に落ちてはいかんと、浮竹は極めて
冷静を装い、静かに近づいて長い手を
そっと、へ差し出しす




「やだやだっ嫌です!お外に出たいよぅー!」



そんな浮竹の、心の策略を知ってか知らずか
はゆっくり近づく腕を、拒絶し
窓の枠に、お尻だけを乗っけた状態で

両手足をばたつかせる
いつ下に落ちても、おかしくは無い
ゆっくり説得していられる状況では、居られず

さすがに浮竹も困った顔になり、声を張る



「こらこら!危ないからやめなさいって!!」




が飛び出そうとしている窓の、真下は水面だ

浮竹は着物の裾を掴んで、引っ張ろうとしたが
の抵抗は続く




「浮竹さまが意地悪するー!」


「な、、そんなに体乗り出したら、落ち…ぐおっっ!!」
「あっ!」



引っ張り起こそうと、を抱える様に
腰に腕を回しかけた浮竹へ


もがいていた小さな足が、みごと顔面を直撃する



が幼い姿ゆえ、完全に油断していた浮竹は
後ろへ飛ばされながら、視界から消えていくを見て
遠のきかけた、意識の中で思う



…昔の夜一そっくりだ…穏やかなはどこへ行った…?

…おしとやかに育てと教えた記憶も…すっかり飛んでいるのか?

しつけ…仕直さんとな…





そんな事を考えている間に
は、大きな音を立て

浮竹を蹴り飛ばした強い反動で
真っ逆さまに池へと落ちる


浮竹は水しぶきが上がった音に
ようやく、はっとした




は…




…泳げない筈だ






っ!大丈夫か?!すぐ助けてやるからじっとしてろ!!」


幸いにも、敷かれたままの布団のお陰で
頭部から床への直撃は、免れた

慌てて起き上がると同時に、窓の外へ向って叫ぶ

浮竹は大きく息を吸い込むと、着物を脱ぐのも忘れて
窓から水面へ飛び込んだ



浮竹に言われた通り、暴れる事無く
じっとするは、息を止めたまま

見事にぶくぶくと、池の底へ沈んでいく



ゆらゆらと光る水の天井に向って
大小無数の泡が昇っていくのを

池の底から、不思議そうに眺めていた





沈んだまま息を止めて
素直にじっとしているを見つけると
浮竹は慌てて手を伸ばし、抱きかかえて

小さなが続く息は、そう長くは無い筈だと


水面を目指して一心に泳ぐ



池に落ちてから、素直にじっと沈んで待つならば
始めから部屋で、じっとして居てくれ…


浮竹がそう思ったのも、がじっとしていたのが

沈んでから抱き上げるまでの、ほんの僅かな時間
のみだったからだ







は、水の中でしなやかに揺れる
浮竹の白い髪を
小さな掌を、両腕いっぱい広げて

懸命に掴もうとしている


ふわふわ漂う長い髪は
揺れる水中で、生き物のように見えて
捕まえたくなったのだ


手を伸ばしても、するりと逃げる
なかなか掴む事が出来無い

水中で、空から注ぐ光の陰になり


蒼く染まる長い髪




浮竹の腕の中で、暴れる
小さな掌にようやく、それを捕まえる事に成功した




(こ、こらやめなさい、、いっ?!…痛いって…ぐっ・・ごぉぼぁおぉぉ!!)




捕まえた!と喜ぶ
長い髪を思い切り、引っ張られた浮竹は


その勢いで、おかしな方向に首が曲がる


堪らず、溜めていた息を吐き出し
大急ぎで、水面を目指す

それをみたも、真似をして
残った息を、こぽっと吐き出し
その後ようやく、水中で息が出来無い事に気付く








雨乾堂の周りを、池と呼ばれるほど大きな
湖へ続く堀で囲った事に、この時ばかりは
さすがの浮竹も後悔していた



橋梁に引き上げた
ぐったりして動かない



全身ずぶ濡れの浮竹から
血の気が引いた

慌てふためき、抱きあげると
ほんの少し水を吐き、小さな咳をして

一言。



「浮竹さまっ!たのしかったです!」




浮竹の心、知らず…と言った所だろうか

何事も無かった様に、にっこりと笑う
浮竹は安堵で、全身の力が抜け
その場にへたり込んだ





ふと、の視線が変わる




「……浮竹隊長。」



静かな声と共に、浮竹は悪寒を感じ
の視線の方へと、振り返ったその先に

明らかに機嫌の悪い雰囲気を
かもし出している四番隊長

卯ノ花が佇む




「れつー!」


嬉しそうに駆け寄ったを、ひと撫でして
卯ノ花は浮竹に、氷の笑みを向ける





「総隊長に命じられて、様の様子を見に伺えば、この有様ですか。
お二人とも、揃って入院なさいます?
今ならもれなく、私の監視付き特別室へ、お連れ出来ますけど…」




「い、いや遠慮しておこう。いらぬ心配をかけて悪かった」





これ以上、彼女を怒らさない方が良い

この状態の卯の花を見れば、誰もがそう思わざるを得ないだろう
浮竹は怯みながらも、素直に謝った



「れつ…、入院はいやです」 


羽織の裾を、小さな手で引っ張って
目を潤ませるの肩に、卯ノ花はそっと手を乗せて
浮竹へ、言葉を続けた



様はともかく…浮竹隊長。あなたはご自分の身体に
もう少し、自覚を持って頂かないと困ります。」



「…すまん」



「くれぐれも安静になさって下さいね」



沈む声で誤る浮竹に、卯ノ花は念を押す



は浮竹が自分のせいで、怒られているのが悲しくなって
卯ノ花の着物を、両手で掴んだまま
ぽろぽろと泣き出した



「れつぅー、浮竹さまの事おこらないで。おねがいっ
がわるいの。だからっ…
だから…ぅっ…ふぇっ…浮竹さまのことっ、おこら…ないでっ
ごめんなさぃっ…ごめんなさい…」




さすがの卯の花も、これには敵わない

ひとつため息を吐いて、眉を顰めて微笑むと
しゃがんで、そっとの泪を拭い

浮竹の薬が入った包みを託す




「あまり浮竹隊長を困らせては、いけませんよ?
これを…ちゃんと飲ませてあげて下さいね。
さあ、部屋に入って、身体を拭いてらっしゃい」



「はいっ!」




は微笑む卯の花に、安心して
雨乾堂へと入って行った

それを確認した卯の花は、少し咳が出て来た浮竹に

小さく声をかける



様が保護なさったあの子供ですが…」



「ああ、あの白銀の髪の子か、目を覚ましたのか?」


大きな声で、言葉を返す浮竹に
小さな声で話すよう、卯の花は促した





「ええ、二日後には目を覚まして、霊圧は
すぐに回復しました。それより気になる事が…」

「目を覚ましたか!では早速入隊推薦をしに行ってやらんとな
…ごほっごほっ、いや…待ってくれ…今はの事が優先だ」





卯ノ花の話の続きを、聞く間も無く
浮竹は時折、咳き込みながら、あれこれと考える




「ごほっ…が元に戻る頃、入隊試験前でも遅くは無かろう
へ余計な心配かけぬよう、俺もが元に戻るまで
その事には触れずに置こう」


「……そうですか。…解りました。それでは様の
回復後にでもまた。」




せめて今だけは…穏やかな時間を
過ごさせてやろうと、卯ノ花は思う

それ以上何も言わず、その場を後にした














「また薬か。」


濡れた髪を拭きながら、浮竹は
が、腕に抱く薬に目をやると
眉を顰めてため息を漏らす


「浮竹さま、お薬嫌い?」


は、湯冷ましを入れながら
包みの中に、沢山入った薬を覗く




「ああ。嫌いだ」




もう何百年、飲み続けているだろう

持病の発作を和らげる薬
急激な進行を抑える薬
痛みを止める薬
吐血を防止する薬
・・・などなど。

生きる為とは言え、この瞬間は毎度の事ながら
堪らなく憂鬱になる



「お薬…かわいそう」



「かわいそう…?俺じゃなくて薬がか?」



ぎゅっと、薬の包みを抱きしめる
浮竹の憂鬱が少し増した

せめてこの瞬間、だけには
薬を飲み続けねばならぬ自分を
気の毒だと思われたかった

項垂れる浮竹の隣で
は、小さくこう言った




「だって、浮竹さまに嫌いって言われたら
とても…悲しいです。」




泣きそうな顔して、俯くの一言は
そんな浮竹の世界を
一瞬で変えてしまう




―まだ…死ぬ訳に行かないな、俺は。


そう思うと、子供の様に拗ねる自分が
急に恥ずかしくなる




「わ、わかった、わかった!飲むからそんな顔するな!」





から薬と湯冷ましを受け取って
浮竹は、ぐいっと一気に飲み込むと
一瞬苦い顔をして、すぐにまた、いつもの穏やかな顔に戻り

を膝の上に、抱き上げた



小さな顔が浮竹を見上げる



こうしていると、過ぎた時が
何も無かったように、戻った様な錯覚に堕ちる

今のになら、自分の気持ちを受け入れて
貰えるかも知れない




浮竹はを見つめると
真剣な顔をして問いかける





、俺の嫁にならんか?」



は少しきょとんとして、懸命に考えた




「お嫁さん?…うーんと、えっとね、駄目。」

「何故だ?」

「うーんと…。お約束したの。えっと、えっと…」




「いいさ。そんな困った顔をするな、俺はただ…」






浮竹は淋しそうに笑った



触れずに居れば良かった筈だ
たとえの姿が変わっても、自分の中で変わらぬ想いを
浮竹は、消す事が出来ずに居た


元に戻れば届かぬ想いも、或いは記憶を一時的に封じられている今なら――



ほんの僅かな望みを、こんな儚い霊圧の
幼きに求めるほど弱いとは



浅慮だな、俺は……



そう思うとそれ以上言葉を続ける事が、出来なかった

浮竹は持病とは別の痛みを
胸に覚える



「ごほごほっっごほっ」



息が詰まりそうな痛みを
体が外へ押し出そうと拒絶する

再び咳き込む浮竹を見て、も悲しくなった


「浮竹さま、くるしいの?」


「ああ。少し…な、」

は浮竹の袖を掴み、すがるように
潤んだ瞳で浮竹を見詰める





…こっちへ。」

「浮竹さま?」



誰かを想い、ただ直向に待つ事を選んだ君に
永遠に届く事は無い、自分の想い


それでも君は…


いつか迎える、この身の最期に
逝くなと言って、泣いてくれるだろうか



いつまで俺を必要としてくれるだろう…


息の仕方を忘れる程、痛みが呼吸を乱していく
押し殺した感情は、浮竹の胸を締め付ける



小さな身体を包み込む様に
腕の中へ強く抱く


「浮竹様どうしたの?大丈夫?どこか痛い?」


「ああ。痛い。心が…痛い。」


刺すように、心が痛む




現世で見つけた酷く悲しく美しい女性



その時からすでに君は
俺では無い、別の相手を想ったまま
生まれ変っても尚、待ち続けているのだろう


でもどうか



どうか今…この時だけは




…俺を





「大丈夫?いたいの?浮竹さま…」

「すまん…すまんな、

「ごめんね、浮竹さま、いたいの治してあげられなくて…」

「おまえのせいじゃないんだ…すまん…もう少しこうして居させてくれないか?」

「うん。、浮竹さまに、はやく元気になってほしいです」

「ありがとう…」






小さな手を強く握る
遠い日が温もりから溢れ出す

何も変わることは無いと
思い過ごした日々が

悲しいほど鮮明に





幼き日眠れない夜は、共に夜風に当たり

一人淋しく泣く夜は、朝まで隣に居て
君を見つめ髪を撫でた


幼き日より親の様に世話を焼き
様々な事を教えた




瀞霊廷と流魂街の違い

現世と尸魂界の違い



空と大地の違い



花や鳥達の生き物の名前



雨の匂い

風の音


沢山の事を…




……」

「浮竹さま、まだ体いたい?」

「……ああ」

の元気あげられたらいいのに…」

「お前にはもう…沢山もらったさ」

「浮竹さまあったかい。おひさまみたい」



自分が誰より若く、健康で居れたなら
無理やりにでも
の想い人から引き剥がして

生涯お前を護って共に生きると、誓えただろうか




誰かを想って淋しさにふるえる
心の隙を割って入り

自分の物にしていただろうか



自分に残された時間は、後どの位有るのだろう



願えるのなら

どうか





俺が最期を迎える時





お前がただ独りきり
震えて泣かずに済みます様に



おれが居なくとも…


が安心して生きていけるように




俺とは違う別の誰かを

を護れる様に




「…育ててやらないとな」

「ぅ…ん……げんきに…なって…」




何時の間にやら浮竹の腕の中で
すやすやと眠る
見守るように

浮竹は大きな手の長く細い指で

そっと頬に触れ、髪を撫でた






「…そばに…いて……しろうさ…ん」




たとえ君の見る夢に俺が居なくとも


痛みの中にも有る幸せを

お前が教えてくれた事を






永遠の別れが訪れた後
記憶の隅にでも残してくれるか?


見守ってやる事しか、出来なかった

情け無い…俺を





「けどな…?」







(怨むなら…お前を待たせる『とうしろう』とか言う奴を怨めよ?)



お前の諦めの悪さは、お前が俺に似たのか

俺がお前に似たのか解ら無いが






「俺だってな、お前を想い続ける事だけは……諦めんからな」



痛みを伴う強い想いは

君を護るチカラに換えて




ただ一度きりの俺の罪は
どうか君の優しさで許してくれと

穏やかに祈りながら




眠る君の頬に口付ける



「おやすみ、




君が目覚めるまで、傍で護ろう

そして前へと進む君を、見守ろう




心に二つ誓いを立てる




ほんの束のあいだ

痛みと共に幸せの時を








小さな君と


















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まやぞうさまのみお持ち帰り可です。
背景は幻となった浮竹裏の名残だったり…
日番谷隊長オンリーラブな方すみませんでした。
浮竹ラブな方もごめんなさい。
(逃)
小さな君と