偽りの光は闇







「やっぱ…す…すげぇ・・・。」




髪紐が解け
乱暴に乱れた赤い髪の院生は

大虚を両断する死神の様子を
近寄る事も出来ず、離れて眺めていたが

大虚の動きが止まった事を確認すると

『五』の文字を背負う男に駆け寄った




「愛染隊長、日番谷は…?」

「彼なら霊圧が回復次第、じきに目を覚ますだろう」


そう言って、藍染は空を指差す

その先には、太陽を背に飛ぶ
大きな鳥の姿が在った







そこからまた、少し離れた場所で
薄い金の髪をした、気の弱そうな院生が
オロオロしながら

倒れた雛森の横で
生死を確認していた狐目の男に

背後から恐る恐る、小さな声を掛ける




「…あ、あの、市丸副隊長、…雛森君は大丈夫ですか?」

「心配せんでもええ。血は止めたから、
すぐに四番隊へ連れて行けば助かるわ」

「雛森君…良かった…。ありがとうございました。」





冬獅郎が巨大虚を、引き付けている間

同じく卒業試験を受けた院生
阿散井恋次、吉良イヅルの二名が
救援を要請しに行ったらしい

二人とも制服のあちこちが破れ
沢山の血が滲んでいる




そんな彼らの元に、もう一人
同じく羽織を来た、隊長と思われる死神が
息を切らせて飛び込んで来る

白く長い髪が、乱れるのも気にせずに
五番隊隊長へと、大きな声で問いかける



「藍染!はどうした?!」

「姫君なら空の上だよ。」



大きな鳥は
彼らの上をぐるりと旋回して
ゆっくりと地に降り、小柄な若い女性へと

その姿を換えた





!」


「浮竹様、彼を頼みます。」



駆け寄った浮竹に
鳥の姿で、背に受け止めた冬獅郎を託すと

再び大虚の方へと向う




「おい、待て、俺が行く!」




追いかけようとする浮竹に
市丸と呼ばれる狐目の男は、腕を掴んで止めに入った




「浮竹隊長、大虚は王族特務の管轄ですやろ?
心配せんでも、あれ2〜3匹やったら
姫一人で行けるやろ。特務の護衛もおるしなァ。」



「し、しかし市丸…!」


「今は仕事中ですやろ。公私混同は禁物ですわァ
さっさと片付け、終わらしてしまいましょ」


市丸のかける言葉に、尚も渋る浮竹に
五番隊長藍染が、穏やかに諭す



「案ずる事は無い。我々が残って必要で有れば、援護する。
この彼のお陰で奴らも弱まっているだろ?」



そう言って、浮竹の腕に託された
眠る冬獅郎に目をやった





「浮竹隊長はん?はよ、穿界門開けたって下さい。
せっかく産まれた金の卵、こんな所で失う訳にはいかんやろ?」




人事のように笑みを浮かべながら
市丸は、浮竹を急かす




「ああ。…何かあったらすぐに呼んでくれ。行くぞ、海燕!」


「はい。」


意識の無い冬獅郎を肩に担ぐと
部下を連れ、白い髪を靡かせて
浮竹は風を切るように、穿界門を抜ける











うちの隊長は、あの人の事となると
いつもこうだ。


本当に病弱なのかよ!

と疑いたくなる程
速く駆け抜ける上司に
どうにか追いつきながら、海燕はぼやく



「しっかし、隊長…卒業前に卍解に至る物が居るなんて
オレ聞いたこと無いっすよ。」


「…ああ。」



海燕の質問に、静かに答える浮竹だったが
心ここに在らず

気持ちは現世に向いたままだった





「副隊長のオレ…形無しっすねぇ。」


「ああ。そうだな…」


「ひっでえー!?!そこっ!否定し無いんすか?!
ちょっとは、部下をかばってくれよ!」


天を仰ぎへそを曲げる海燕に
浮竹は追い討ちをかける



「この子供、名を何と言ったか?」

「オレの要望は、さらっと無視っスか?」




がっくりと肩を落とす部下に
硬くなっていた浮竹の表情が
ほんの少しだけ、和らいだ

海燕は、赤い髪の院生が話していた事を
曖昧にぼんやりと思い出す


「そういやさっき…ひつが…?何とかって…例の天才児ですかねー。」

「例の天才児?」



ここの所しばらく床に伏せる事が多く
外に出るのが、少なかった上司

統学院生の噂など、知らずとも無理も無い。

海燕は、はぁーっと渋い顔をして
上司に担がれた、冬獅郎の頭を
軽く指で弾く





「こんなのが居たら、俺ら席官はうかうかしてらんねーっスよ。」




こんなちっさい子供の、どこにそんな力が在るのかと

海燕は苦い笑みを浮かべた


二人は尸魂界へ抜けて、一番近い救護室に入ると
冬獅郎を上司から受け取って、
ひょいっと担ぐと、かなり雑に寝台へ寝かす


これでよし!と、先に救護室を出ようとした海燕だったが
上司に肩を掴まれ、転びそうになりながら止まった




「後で彼には、入隊推薦状を書いておいてやろう。
…それより海燕。」


今になって改めて、冬獅郎の髪が自分の長い髪の色と
似ている事に気付いた浮竹は

一瞬嬉しそうな顔をして、小さな頭を軽く撫でた後



また険しい表情を海燕へ向ける



「はいはい。ここは俺に任しちゃって行っちゃって下さい。」

「すまん、頼んだぞ海燕!」





飛び出した上司は
あっという間に、見えなくなる程
早々に現世へと向う



このわずかな時間に、廻り始めたもう一つの歯車が
噛み合う事無く、交差して

通り過ぎていた事を
この時の浮竹は知る由も無かった




「任せといて下さ…もう聞こえねーか。
おーい!仙太郎ー、清音ー!手伝ってくれ」


いつもの上司なら、見過ごす事など出来無い筈の
血に染まった院生達が、次々と運ばれる


海燕は妻である第三席と合流すると
視線が重なった妻が、優しく微笑み返すのを見て
上司の気持ちが、少しだけ解った気がした















「大丈夫か?!っ!」


「姫の変わりに僕らが、あっちに押し返しときました。」





再び舞い戻った浮竹に
市丸は、裂け目の消えた穏やかな空を指す

藍染の腕に抱かれ、険しい表情のまま眠る
駆け寄った浮竹へと、託された






「姫君は無茶をし過ぎだ。あれをすべて消し去れば
尸魂界の均衡が、崩れかね無い」


「何もこんな時に限って、お前が特務を引き受けずとも
よかった筈だ。だから俺は…」






へと、おろす視線は伏せられたまま
呟く浮竹に藍染は
軽く肩を叩いた






「浮竹君、姫君にはまだまだ、君のお守りが必要らしい」





まるでそれが合図だった様に
は目を覚ます

浮竹の胸元に、きつく両手で掴まれた
自分の羽織に気が付いた

泣きそうな顔をして、は浮竹に問いかける







「浮竹様、私の背に落ちた
あの人…あの人は、無事ですか?!」


「大虚を凍らせた子か?あの子は大丈夫だ。
頭に受けた傷も浅い、ただ眠っているだけだ」



「良かった…」



は安心したように微笑んで
ゆっくりと瞳を閉じて行く



「お、おい!?…!……?」



が大きく息を、吐き出すと
張り詰めていたの小さな霊圧が

穏やかに消えて行った

浮竹が腕に感じていたの体重は
見る見るうちに軽くなる





は浮竹の腕の中で

幼い少女へと、その姿を変えた



ぶかぶかの着物の中で
は安心した顔をして、眠っている





「…‘跳ね返り’か」



その様子を見守っていた藍染が
浮竹に向って静かに一言、問いかけた




「…ああ。酷く霊圧が下がっている」













大人と少女の狭間


凰華を得ずに育っていたなら
が、本来在るべき姿

使い尽くした霊圧の反動は
在るべき姿を通り越し

山本元流斎重國の流刃若火に触れ
凰華と同調する前の

幼い子供のだった、へと身体を退化させる






王族の血がもたらした、脅威を生む霊圧


凰華を得たあの日、早すぎた覚醒は
幼いを飲み込んで
斬魂刀の暴走を、引き起こしかね無かった




常に凰華を纏えるようにと念じて

現世で死を迎えた時と同じ容色に
大人の姿を保っていた

霊圧を制御すると共に


現世での記憶を
繋ぎ止める為でも在った事は

浮竹さえ知らずに居た








「王族特務をこなすのは、まだ早かったらしいなぁ。
大切な姫さんや、あんま無茶させんと、大事にしたって下さいよ」




市丸はの頭を軽く、ひと撫でして
その場を後にする



「この後の事は、他の者に任せられる。戻ろう」



を腕に抱えたまま
荒れ果てた現世を見つめ、動かない浮竹に
藍染は少し離れた所から、声をかけた



「…ああ。」



「姫君が起きたら、怪我をする前に
無茶はやめた方がいいと、伝えてくれるかい?」



そう言って藍染は穏やかな顔で
を一目見ると、浮竹に軽く手を振って
市丸と同じく、この場を後にする



「目を覚ましたら、うんと叱ってやらんとな」



腕に抱くを、きつく睨んだはずの
浮竹だったが、すっかり目尻の下がった姿は

全く説得力に欠けた物だった


引継ぎを伝える為、浮竹の傍に来て居た、四番隊救護班と
後処理へと駆けつけてた鬼道衆は

揃ってがっくりと肩を落とす



















凰華を解放し、大虚を一掃するだけの霊圧など
には十分過ぎるほど有った

止める浮竹に、特務の管轄だと制止して
そのまま行かせたのは、五番隊の二人だった



浮竹が現世に戻った時、大虚を追い返したのは
自分達だと言った、藍染と市丸の矛盾に

なぜこの時、気付いてやれなかったのだろう


後に浮竹は、この日の事を思い出し
驚愕する事となる


…気付いていたならば


あるいは何かが、変わっていただろうか






大虚を追い返したのが、彼らならば

跳ね返りを、起こすほどの霊圧を
は、どこに向けてたのかを…



気付かずに居たからこそ
何事も無く済んだのかも知れない



ゆっくりと音も無く、周りに近付いて居た


偽りの光は



闇、だった事を



この時、誰も知らないままに
現世と尸魂界を繋ぐ、扉をくぐり


また静かに時は、流れて行く























裏第3弾をアップ前に、間に合ってよかったです。
書いてるとき、気付く度に
正体バレてない藍染が、ブラックな口調になってて困りました。
次回は親バカと化した、浮竹夢へ!
ああ。また、日番谷君居ない…すみません…(逃)