ほんの少しだけ咲き出した秋桜に囲まれて
空を見上げるの元に
地獄蝶が舞い降りる




「…ありがとう、すぐに参りますと伝えて下さいな。」



冬獅郎を隊首会へ送り出した
の元に

一番隊隊主室へ来るように
山本元流斎重國からの伝令だった




なんだろう?と思いながら
はすぐに、元流斎の元へ向った





「来たかの、



「はい。失礼致します。」




いつもと変わらず隊主室の一番奥で
どっしりと座る元流斎に
は微笑みかけて、すぐ
その表情を真剣な物に変える



「察しの通り。野暮用じゃ」


「おじい様がわたくしを一人で、お呼びになる時は決まって
何かありますもの。」




「では早速、話しておこうかの」


「…はい。」








元流斎が静かにへ語りかける

は一瞬だけ驚いた顔をして
静かに二度、首を横に振って
言葉を返す


予想していた通りだったのか
驚いているのか、には元流斎の心は読めなかったが

は臆する事無く元流斎と会話する


いくつかの選択肢を元流斎はへ出した
どうやらには、初めから決めていた答えが有った様だ




「……動じぬか」


「ええ。」


元流斎の最後の問いに
微笑んで返す




「お断りして申し訳ございませんでした。では…失礼致します。」




隊主室を後にする
一番隊副隊長に呼び止められ、一つの包みを渡される



殿、これは予備ですが、目を通しておく様にと」



その場で包みの封を少しだけ開けて
中身を一瞥した
立ち止まって暫く考えた後、何かを思い付いた表情をして
見送る一番隊副隊長に礼を言う



「これは…。ありがとうございます。」


「日番谷隊長に宜しくお伝え下さい。では。」







は包みを抱いて急ぐ
目指すのは十番隊隊主室でも十番隊隊舎でも無かった



冬獅郎が家路に着く前に
やっておかねば成らぬ事の為に

































、ただいま」


「おかえりなさい、冬獅郎さん」




冬獅郎が隊首会へ呼ばれて
十番隊隊主室を出たのは、昼より前の事


その後も山済みの仕事に追われ
家主の帰りは深夜の事


しかしそれはいつもの通り
隊長として誰より責任を重んじて
誰より長く働いて


皆の模範となり、皆の負担を和らげる



それは冬獅郎にとって、決して苦痛ではなく


冬獅郎にとっても、それが誇りであり
共にが、誇りに思う事が


とても心地良かった





体と心の疲れはすべて
に癒される


帰る場所が有るからこそ
頑張れる




常に眉間にしわを寄せて
気を張る冬獅郎が

唯一笑って帰れる場所






だからこそ今日





冬獅郎は笑っていられなかった





冬獅郎の表情は
帰宅を知らせた穏やかな表情からすぐに
真剣な表情へと変わる




「お前に、言ってなきゃいけねえ事が有る」




怒っているのでは無い
冬獅郎の心の中の迷いが有る事を
はその声で悟った






「……現世での任務に就かれるのですね?」




一瞬告げることを躊躇った冬獅郎に
問いかけたのはの方だった



「総隊長から聞いたか」


「ええ。『破面』との本格戦闘に備えて現世に入り、死神代行組と合流なさると…」


は山本元流斎重國との会話を思い出す



六番隊 阿散井恋次
十三番隊 朽木ルキア
十一番隊 斑目一角
十一番隊 綾瀬川弓親、

死神代行と、深く面識の有る者による
『仮面の軍勢』の調査も兼ねた



『破面』との本格戦闘への最前線部隊



責任者に十番隊隊長 日番谷冬獅郎を命じ
補佐に十番隊副隊長 松本乱菊を責任者補佐とした






「俺が隊長として引率する。長い任務になる…
暫くの間、戻れねえだろう」


「はい」




は静かに冬獅郎の言葉を聞いていたが
想いをぶつける先を戸惑う冬獅郎に
穏やかに目を閉じて

声をかける




「……お前にとって辛い思いをさせるかも知れん。だが、俺はお前を」

「待ってますから。」


「!」




冬獅郎には迷いが有った



この先いつ終わるかのか誰にも解らない『破面』との戦い


愛するものを尸魂界へ残したまま
現世への任務に就かなければ、ならない事を















「帰って来たら、二人でどこかに出かけようって、言って下さったでしょう?」


「……。お前総隊長には、何も言われなかったのか?」




元流斎のへの問いは
王族特務への職場復帰と


『破面』への戦闘に備えた冬獅郎達の部隊への
現世での後ろ楯と
緊急事態の対処役



冬獅郎を現世へと送り出す元流斎なりの
への心遣いだった




少しでも傍に居て安心させてやる事と同時に
またをも危険に巻き込む事になる



瀞霊廷に一人残ると言う事は
危険に巻き込む可能性は少ない筈だが

こちらで何か有った時、自分が護ってやれるだろうか






冬獅郎は元流斎の申し出に
答えを出せなかった




答えを見出したのは他でもない
本人だった



「わたくしは冬獅郎さんの許婚です。今はそれ以外の何者でも有りません
って言っておきました」




愛する者の安心して帰れる場所を
ただ待つ事で護る道を

は選んだ


疲れて帰るであろう冬獅郎が



穏やかに羽を休めるように







。」





冬獅郎はそうか、と笑ってすぐに真顔に戻り
静かにの名を呼ぶ



「はい。」


穏やかな瞳を向ける
冬獅郎は今一度言おうとした事を考え直す



「………」


「?」


見る見るうちに耳まで真っ赤になって行く
冬獅郎の表情に
は理由が解らず不思議に思って
冬獅郎の顔を覗き込んだ




「いや、今は止そう。……必ずお前の元へ戻る。」


「はい。」




何かを考え直した冬獅郎は
表情を隠すように
に背を向けて立ち上がる





!!!」



「は、はいっ!」




大きな声に驚いた
慌てて同じ様に立ち上がり
冬獅郎の背へ返事をする



冬獅郎は大きく息を吐き出し



秋桜を通る風を一杯に吸い込んで
へと振り返り
目を細めて冬獅郎は笑う













、帰ったら祝言を挙げる。」










「……!!!」




は想いも由らない言葉に
動けなくなった



体中すべてから心臓へと血が廻る

固まった身体とは逆に
心拍は窮屈なほど
胸を締め付ける



抑えていた感情が溢れ出し
幾多の時代を超えて


止まった時間が流れ出す




の瞳から零れ落ちる泪は
見つめる冬獅郎を滲ませた




「冬獅郎…さん…」




どうにか言葉に出たのは
愛する人の名前




ゆっくりと冬獅郎はの前に立つ


滲んだ自分がはっきりと映る様に
溢れる泪を甲で拭うと

震えるの両手を取って
静かに問う




、返事は?」




「はい…嬉しい…です、冬獅郎さん」




「そうか…良かった」



「冬獅郎さん…」


「祝言が済んだら、今度こそ休暇を取る。だからちゃんと行きたい所選んどけよ?」




再び離れて過ごす期間が
一体どれほど長いのか

恐れた冬獅郎は、旅立ちの前に
と祝言を挙げようと思った気持ちを
もう一つの誓いへと変えた



愛する者を
手に入れてしまえば


やり遂げて生きて戻ると誓えるだろうか



畏怖を覚えるほどの壁を



必ず超えて



君を手に入れる為に






生きて戻ると誓う





だから






それまで俺の帰りを待っていてくれるだろうか?



俺を待つと決め独りここへ残す君に


俺がしてやれる一番の事を





今ここに誓う





…」



「冬…獅郎さ…ん…」



ありったけの想いを込めて

唇を重ねる


何処に居てもどんな時でも

ぬくもりを忘れぬ様に


きつく強く



この腕に抱く




もう何も迷いは何も無い






「いつ戻ってもいい様に、しっかり準備しとけ。」



「はい」



二人額を附けて息がかかるほど近くで
瞳を合わせる



再び訪れる分かれの道が
まるで嘘の様に


何よりの幸せを二人、魂で感じる事が出来た





愛してる





冬獅郎はそのたった一言だけは言わないままに


それでもは幸せだった


言葉よりも大切なモノ



冬獅郎の言葉に変えられない想いの大きさが
には痛いほど伝わって来た




祝言を挙げたら、皆の前で言ってやるよ
それまで待ってろよ?



そう呟いた冬獅郎に
は微笑んで頷いた




惜しむようにぬくもりを離すと
冬獅郎は袂をさぐり
何かを取り出しへ差し出す





「…これ持ってろ、


「あら、これは…」


冬獅郎から受け取ったのは
現世で言う携帯電話のような形の物だ



「伝令神機だ。何か有ったらすぐに連絡しろ。」


「…はい。…?」


「何か無くてもだ!!」



何か有ったらで無ければ必要ないと、が勘違いしない様に
冬獅郎はあえて付け加える



心の奥に隠した淋しさを癒すため
だと言う事は
隠しきれて居ない事に気付かずに



「はいっ!」


嬉しそうに返事をする
冬獅郎は何かを思い出して
すぐさま言葉を付け加えた



「それと、だ。俺が居ない間、十三番隊へ出入り禁止。」



「…?はい。」



再び出会う前とは違う

すべてを知っている浮竹に
自分が居ない間何を仕出かされるか解った物では無い


冬獅郎の残った唯一の不安を
にしっかりと念を押すが


未だに理由が解っていない
返事をした物の
やはりそこは疑問符を浮かべていた




冬獅郎の苦労とは別に
は離れていても二人を繋いでくれるであろう
伝令神機を胸に抱き

冬獅郎の戻った後の事を考え
とても幸せそうだった





誠に不本意とは言え止むを得ず
十二番隊隊長及び技術開発局局長
涅マユリに頼んで特別仕様で作ってもらった


その伝令神機には


十三番隊隊長浮竹十四郎が
手の届く範囲に近づいた場合のみ発動する

多種多様な機能を、兼ね備えている事を

知らぬままに…







「ところでお前、今日流魂街へ行ってたらしいな?」


「あっ!そうでしたわ。これをお預かりしてましたの」


はすっかり忘れていたらしく
慌てて包みを持って来て
冬獅郎へ渡す



旅立ちの前に

この後とうぶんの間、聞けぬで有ろう
二人の、賑やかな声が


十番隊隊主室に響くのであった
















読んでくださってありがとうございました。
サイト終了の最後の最後に持って来ようと思ってたネタを
こんな形で披露するとは自分でも全く予想しませんでした。
私の戯れ言によって心配をかけてしまった皆様ごめんなさい。

突然の閉鎖は絶対にしません。お約束します。

十番隊隊主室での伏線は必ず回収します。
それまでもう暫くお付き合い頂ければ幸いです。
ここまで支えて下さったすべての方へ感謝!
堂○助様に捧ぐ


十番隊隊主室 一片 2005.09.15