優しい雨にかわる時




一週間ほど前の早朝から
冬獅郎は一人、現世に居た


警戒区域にて虚を監視、魂葬する為だ


とは言う物の、七日目の昼を過ぎても
虚は一向に姿を見せず
気配すら感じられない



普段なら、余程の事が無い限り
隊長が隊員を連れずに
この様な任務に着く事は無いのだが


困った事に、瀞霊廷ではここの所
高熱を伴う風邪が大流行している


もちろん四番隊は大童だ

それは十番隊とて例外では無い
中には入院する者も出る程、半数に近い隊員が
すっかり寝込んでしまって居た


冬獅郎が一人でここに居る主な理由は
人員不足だったが


隊長として、隊員達の体調管理が不調法だったと
冬獅郎は自ら責任を背負うと言って
通常なら、六、七班に分かれ配置される
広い範囲を一人で管理し

隊員達に休暇を与えて居たのだ








(…本当に、降って来やがった…)


冬獅郎は眉を顰め
振り出した雨に小手をかざす

出掛ける間際、熱にうなされながらも
悪態を吐く乱菊の言葉を思い出した




「たいちょぉ…傘持って行った方が、良いですよ…?」



虚を退治しに行くのに、傘などのんきに
差して居られるかと
言い返す冬獅郎に乱菊は続ける


「あ〜、隊長は雨雲操れるから、そりゃ大丈夫なわけだ!」




(あのヤロー…現世で自然に降る雨全てを
俺が操ってる訳無いだろ…)




辺り一体を見渡せる様
ここらで一番背の高い建物の屋上で
冬獅郎を雨から遮る物は何も無く

次第に強くなる雨は、容赦無く冬獅郎を打つ



夕刻を迎えても、曇はより暗く空を覆いながら
雨を止める事は無かった


ずぶ濡れになった頭を大きく振って
冬獅郎は給水塔の天辺に
腰を下ろし、溜息を一つ吐いた




「……冷てェ…」





一人呟いたのは
単に、全身を丸ごと濡らす雨への感想だ




(…早く帰りたいぜ…)



自分でも驚いたのは、冷たいと言ったと同時に
そう思った俺自身にだ


虚が現れ無いまま
長く続く喜ぶべき平和は


俺に、自分の弱さを考える時間を与えた

身体に張り付く濡れた着物は
嫌に冷たさを覚える


顔を伝う雨は視界さえも曇らせ
見上げる空をより暗くさせる



こんな日は、酷く孤独を感じて
晴れた空が恋しくなる


ただそこに浮かぶのは
あいつの顔だった





冷たい雨は―



俺の心に、降っているのかも知れない


「…情けねぇな、俺は」





その時―





雨が止んだ気がしたんだ









「冬獅郎さん…おつかれさま」



俺と同じようにずぶ濡れになった
沈みかけた俺の顔を覗き込む




太陽が昇る空よりも

俺に明るい空を照らした





「…お前……
…傘持ってて、何でそんなに濡れてんだよ……」




それはまるで幻の様で
俺はこんな言葉しか、言ってやれなかった

顔を背けたのは、
自分でもどんな顔をして居るのか
解らない程に


込み上げた感情を、隠せ無かったからだ



俺の問いかけにも、
閉じられたままの傘を開く事は無く

また…幸せそうにわらった






「あなたに降る雨と同じなら
…優しい雨だと感じられるから……」




水限の間、僅かな刻を止め
冷えた身体を打つ雨粒が

温もりを抱いて


塊を破る事無く、柔らかにまた
地に落ちて行く

身体中で感じる雨はもう



冷たい雨なんかじゃない





「……雨は雨だ、バカ




我ながら、何と気の利かない言葉を
返した物だろう



が傍に居ると解るだけで
こんなにも穏やかになってしまう心が
どうにも極まり悪い

間延びしそうになる顔を強く振り
繭を上げて、気を引き締め直した


髪を重くしていた水滴は、振り払われて

再び地へと雫を注ぐ




立ち上がる俺に
は静かに声を掛けた



「この近辺の警戒は解除されました。
帰りましょう、冬獅郎さん」


「ああ…」



背を向けたまま答えたのは
雨雲の上へと昇って行く
浄化された虚の魂を

空の中に、いくつか見つけたからだ


柔らかな光に包まれた魂からは
悲しみを感じない


ここへ来る途中
魂葬した物だと言う事が、すぐに分かった




理由を問う事は固より
余計な事だと責めなかったのは
霊圧を消したまま

ただ静かに虚を空へと送り

俺に告げぬ事で
心配を掛けまいと、して居るのだろう


ここに一人きり居る間の
俺の心さえも

にはきっと―



どんなに離れていたって、隠せない




自分の心に有る弱さを
嗟嘆するよりも先に

の優しさが
真っ直ぐに俺の胸を衝いて



俺は…嬉しかったんだ





「…傘貸せ、俺が差してやる」


素気無く、差し出した左手に触れたのは
冷たく硬い傘の柄じゃない

雨に濡れ冷たくなってる筈だが
温かくさえ感じる
が重ねた

しなやかな指先



「待って、冬獅郎さん。お願いしてもいいですか?」


振り続ける雨を気にする様子も無く
は傘を抱えて

また俺を覗きこむ


雫を帯び、一層艶やかになった髪と
近づくの顔に

俺は一瞬、息を呑んだ



「……なんだ?」


首より上へ血液が上るのを感じながら
雨が冷やしてくれる事を祈る


しかし、頬を赤らめたのは
の方だった


「わたくしをおぶって下さいませんか」



俺が驚いたのは
からそんな事を頼むのが
珍しいからじゃない


「別に構わねェが…ほら、乗れよ」



濡れた羽織で
寒さを与える事が怖かったのでも無い

俺が差した傘の中に、が入れば
頭上で確実に発生する段差に
俺が嘆くかもしれないと

先にが打った先手に
気付いたから驚いたんだ



「ありがとう冬獅郎さん。重くなったら
すぐにおっしゃって下さいね?」


「…お前一人位、訳無えよ…
馬鹿言ってないでさっさと帰るぞ」



そうやっていつも
俺が思うよりも先に

お前は―


お前の心で俺の心を
優しさで覆って行く




優しい雨に変わる時



傘はもう…

閉じたままでいい




「こうすると温かいですわ」

「ば、馬鹿やめろ、コラ!」


心穏やかになるのも束の間に
俺の心を乱すのもまた

の何気ない仕草だ


冷たく張り付いた着物を伝って
ぴたりと接するの体温が
ゆっくりと、俺の背中に届いて来る


「ほらっ冬獅郎さんの背中、温かくなりました」



どうやら
この手の俺の心までは

…読めないようだ



ぎゅっとしがみ付いて
俺の横顔に頬をよせる

温かくなったのは
お前を背負ってるからだけじゃない

そんな事を
全く気付いて無いらしい



「やめろって言ってるだろうが、濡れるぜ!?」


耳まで赤くなる俺を見て、は改めて

やはりこうして居れば寒く無いのだと
遠く考え違いを続ける

  
「あら、冬獅郎さんがちゃんと傘
持ってて下さるなら、大丈夫ですわ?」

「なら、くっつくな!!」



斬魄刀で穿界門を開けば
二人に降る雨は

静かに止むと言うのに


門を開いて尸魂界に戻る事を
忘れる程、俺は動揺していたのか


それとも、もう少し
こうして居たいと二人
心のどこかで、願って居たのかも知れ無い


「くっついて無いと、どちらも濡れちゃいます」


「勝手にしろ、振り落とされんなよ!!」


「はいっ!!」










俺達が尸魂界に戻ったのは
淀んだ雲が嘘のように晴れて

すっかり日も落ちた夜遅くの事


雨上がりの瀞霊廷の夜空は
いつもよりずっと、綺麗に見えた気がした

湯に浸かりながら
俺はまた空を仰ぐ



(一応、祈っといてやるか…)



これからもに降る雨が
優しい雨で有る様にと


輝きを放ち、儚く流れる星に願いながら











  

これを仕上げる間、狙った様に
三日連続で雨でした。
いつも邪魔をする人物達を一切除いて
本来の(?)うちのサイト臭さで書いて見ました。

読んで下さってありがとうございましたv

2006.02.02
十番隊隊主室 一片でした。